前回は,直感的なユーザー・インタフェースを実現する上で,人間の感覚に似た情報を収集する「五感センサ」がカギを握ることを示した。今回は,五感センサの進化がもたらす新たな機器の世界を概観する。連載の目次はこちら(本記事は,『日経エレクトロニクス』,2008年2月25日号,pp.55-57から転載しました。内容は執筆時の情報に基づいており,現在では異なる場合があります)

調理機器が味を調整する

 五感センサのうち嗅覚や味覚は,これまで技術面でも実用面でも進展が遅れていた分野だった。しかし,それも大きく変わりつつある注2)。人間にとって「無臭」のガス成分を検知できるセンサの開発が進み,携帯端末への搭載が検討されるまでに小型化が進んでいる(別掲記事「携帯電話機も昆虫もセンサ端末に」参照)。これとは別に,人間の嗅覚や味覚をそのまま再現する技術や,それを利用した味や香りの数値化も可能になってきた。

注2) Korea Advanced Institute of Science &Technology(KAIST)は,紙幣の匂いを検知して,偽札でないかどうかを調べるラベル型の嗅覚センサを試作済みである(右の写真)。利用した後は身近なヒーターでセンサを初期化できるという。2008年1月に米国アリゾナ州で開催された学会「MEMS 2008」では,ほぼ同じセンサ技術を応用して,温度の分布を表示するディスプレイについて発表した。

 実用化はやや先になるかもしれないが,味覚センサを組み込んで,ご飯が一番おいしいタイミングを知らせる炊飯器,さらには材料や調味料を入れておけば味を調整しながら料理を完成させる自動調理器の開発も夢ではなくなってきた。

盲導犬や麻薬犬の代わりも

 五感センサの技術のさらなる高度化が進めば,その使い道は大きく三つに広がる(図4)。一つめは,前述した,五感センサを利用したUIである。家電や自動車などが,人間が発信する情報をセンサを通じてより自然に受信できれば,はるかに使いやすくなる。前出の暦本氏によれば,マルチ・タッチ機能を使えばコンピュータの操作一つ取っても,直感的になるだけでなく操作手順を大幅に短縮できるという。

図4 五感センサの三つの使い道 五感センサには大きく分けて三つの可能性や役割がある。一つめは,機器のユーザー・インタフェース(a)。人間の操作や状態を読み取り,より「人間的」な機器や家電にすること。家電に生物と同様な手触りを持たせるよう,表面が柔らかい製品が出てくることも考えられる。二つめは,単なるユーザー・インタフェースでなく,実際に人間の活動をサポートする機器への搭載(b)。介護用ロボットなど生活支援機能のほか,高感度や反応速度が高い点などを応用し,人間を超えた機能の実現に利用できる。三つめは,これまでは職人しか作れなかった製品開発への展開(c)。職人の微妙な感覚をセンサで数値化して製造装置を標準化すれば,例えばこれまで高価だった製品の低コスト化も可能。
図4 五感センサの三つの使い道 五感センサには大きく分けて三つの可能性や役割がある。一つめは,機器のユーザー・インタフェース(a)。人間の操作や状態を読み取り,より「人間的」な機器や家電にすること。家電に生物と同様な手触りを持たせるよう,表面が柔らかい製品が出てくることも考えられる。二つめは,単なるユーザー・インタフェースでなく,実際に人間の活動をサポートする機器への搭載(b)。介護用ロボットなど生活支援機能のほか,高感度や反応速度が高い点などを応用し,人間を超えた機能の実現に利用できる。三つめは,これまでは職人しか作れなかった製品開発への展開(c)。職人の微妙な感覚をセンサで数値化して製造装置を標準化すれば,例えばこれまで高価だった製品の低コスト化も可能。 (画像のクリックで拡大)