現在,広く普及した高速A-D変換器とメモリを組み合わせたデジタル・オシロスコープは,長い波形測定器の歴史から見ると第3世代にあたる。このコラムでは自動車や白物家電などのメカトロ機器の開発で使われている波形測定器について基礎から最近の話題まで判りやすく解説していく。まず,波形測定器の歴史の話から始める。

第1世代の波形測定器

 電源波形,機械振動,音声など変化する信号の様子を見たいといった要求は古くからあった。このため真空管やトランジスタなどの電子部品がなかった時代に,まず変化する信号を機械的な方法で目に見える波形に変換する仕組みが考えられた。

 今でも学校の実験などでは指針形計器(メータ)が広く使われている。指針形計器は信号の強さによって針の示す位置が変わる。メータの針の先にペンをつけて,紙を一定の速度で移動させればゆっくりとした信号の変化を記録できる。今では見かけなくなったが,ゼンマイを用いた紙送り機構を備えた直動式記録計というものがあった。この記録計は電源が必要ないので,どこにでも設置できるという利点があった。しかし指針形計器の針の先にペンを取り付けた重い構造であるため,早い現象変化を記録することはできなかった。

図1 電磁オシログラフ(1924年 横河電機)
図1 電磁オシログラフ(1924年 横河電機) (画像のクリックで拡大)

 そこで考えられたのが,電磁オシログラフだ(図1)。この装置では,指針形計器から針を取って,その代わりに小さな鏡が指示計器の軸に取り付けてある。つまり,入力信号に応じて鏡の向きが変化するわけだ。この仕組みは振動子と呼ばれている。この鏡に強い光を当てて,光が向かう先に一定速度で移動する感光紙を置く仕組みを作れば,感光紙の上に波形が記録できる。この装置は,重い針を備えていないので変化の早い信号を記録することができた。電磁オシログラフは,真空管やトランジスタを使った波形測定器が普及する前には,電気機器,音声機器,機械などを評価するために欠かせない道具として普及した。

 また電磁オシログラフは,電気信号を記録する仕組み(振動子)と信号を記録する媒体(感光紙)が独立していたため,感光紙の長さを長くすれば,記録時間を長くできるという利点があった。しかし大きな信号を誤って入力すると振動子が破損することや,高感度な感光紙に記録した波形は長期の保存ができないなど決して取り扱いやすい波形測定器ではなかった。しかし1970年代後半ころまでは新製品が発売されるなど長い間活躍していた。

第2世代の波形測定器

図2 ブラウン管式オシロスコープ(1966年 横河電機)
図2 ブラウン管式オシロスコープ(1966年 横河電機) (画像のクリックで拡大)

 最近までは波形測定器といえばアナログ・オシロスコープが最も一般的なものだった(図2)。これが第2世代の波形測定器に当たる。アナログ・オシロスコープは,真空管の出現によって生まれた装置だ。その後,真空管からトランジスタ,アナログICと回路を構成する電子部品が変化するとともに,観測できる波形の周波数帯域は格段に広がった。アナログ・オシロスコープは,電子銃から放出された電子を蛍光材料が塗られたガラス面に当てて発光させる仕組みを利用した装置である。電子の向きを直交する2枚の電極で制御することでガラス面に波形を再現する。

 アナログ・オシロスコープは,極めて早い変化にも追従できたことから,電子回路の評価には必須の測定器になった。また仕組みがシンプルなので,繰り返し波形をほとんど途切れなく観測できるという利点もあった。ただし,電気信号を記録する仕組みと波形を記録する媒体が同じ陰極線管(CRT)の中にあったため,長時間にわたって波形を記録することはできなかった。また,蛍光物質を光らせる仕組みを利用していたことから,特殊な仕組みを持ったアナログ・ストレージ・オシロスコープ以外は早い単発現象を測定することができなかった。このため,アナログ・オシロスコープの用途は,信号が安定している電子回路の評価が中心となり,単発現象の観測が必要な機械などの評価には,依然として第1世代の電磁オシログラフが使われていた。

 1990年代ころまでは,アナログ・オシロスコープは多くの測定器メーカーから発売されていたが,第3世代のデジタル・オシロスコープの普及やアナログ・オシロスコープの低価格化によって,今ではアナログ・オシロスコープを生産している測定器メーカーは少なくなった。

第3世代の波形測定器 

図3 ウェーブメモライザ(1980年 横河電機)
図3 ウェーブメモライザ(1980年 横河電機) (画像のクリックで拡大)

 1980年ころになって高速A-D変換器や高速半導体メモリを測定器メーカーが入手できるようになると,波形をデジタル・データに変換して記録できる波形測定器が登場する(図3)。これが第3世代の波形測定器である。最初に市場に出たのは低速の機械振動などを多チャンネルかつ高分解能で観測できる波形測定器だった。第3世代の波形測定器は,当時市場に出始めたパソコンと組み合わせて使われるようになり,取り込んだ波形をパソコンによって解析することが始まった。特に,ヒューレット・パッカード社(現在のアジレント・テクノロジー社)が提唱した計測用インターフェース「GP-IB」が普及するようになると,デジタル化された大量の波形データをパソコンに転送して,さまざまな解析が行われるようになる。

 さて,第3世代の波形測定器は波形を記録する仕組みであるA-D変換器と波形を記録保存する半導体メモリが分離されているため,第1世代の波形測定器と同様に長時間記録が可能となった。また取り込んだ波形データはデジタル化された数値であるため,伝送,演算,記録によっても劣化することがない。かつての第1世代の波形測定器が備えていた問題が解決されたわけだ。

 ただし,大量のA-D変換された波形データを人が見える画像データに加工しなければならない。このための処理回路を実現することが一つの課題として浮上する。当初は本体に搭載されたCPUによってA-D変換された波形データから画像データを作り出していた。ところが,データ処理に時間が掛かることから,使いやすい測定器にはならなかった。大量の波形データを短時間に画像データに変換できるようになったのはDSP(digital signal processor)が組み込まれるようになってからである。これによって,スムーズな操作環境が提供されるようになった。

 さらにメカトロ機器を評価する現場では,多チャネルのアナログ信号とデジタル信号を同時にかつ長時間記録したいという要求が出てきた。最近ではこれらの要求を満たした高機能な波形測定器が市場に出回るようになった。次回以降は「メカトロ機器の開発を支える波形測定器」をテーマに最近の波形測定器について解説する。