産業技術総合研究所(産総研)と京都大学は共同で,アルミニウム(Al)合金と同等の常温成形性を示す新しいマグネシウム(Mg)合金圧延材を開発した。産総研サステナブルマテリアル研究部門金属材料組織制御研究グループ研究員の千野靖正氏と,京都大学大学院エネルギー科学研究科エネルギー応用科学専攻教授の馬渕守氏の共同研究による成果だ。新開発のMg合金圧延材を利用すれば,汎用プレス機でもプレス加工が可能なため,従来に比べてコストを削減できる上,生産性も高まる。
新開発のMg合金は,Mg-亜鉛系合金に微量の希土類元素(セリウムなど)を添加したもの。熱間圧延によって作製する。新Mg合金は汎用マグネシウム合金(AZ31合金)と大きく異なる集合組織を形成するので,エリクセン値が9.0とAl合金並みの常温成形性を示す(図1)。このため,加熱装置を持たないプレス機でも加工できる。一般にMg合金圧延材の常温成形性はAlや鉄よりも低いので,プレス加工するには圧延材と金型を250℃以上に加熱してから成形する必要があった。
以前から,Mgにセリウムを添加すると常温での圧延性が向上することは分かっていたが,その変形メカニズムには不明な点が多かったという。産総研と京都大学は,セリウムの添加がマグネシウムの柱面すべりを容易にすることを解明。それを基にMg合金を設計した結果,Mg-亜鉛系合金に微量のセリウムなどを添加した合金を熱間圧延すると,Al合金並みの常温成形性を持つようになることを発見し,組織と成形性の関係について詳細な調査・研究を進めてきた。
通常のMgは結晶構造に異方性があるため,Alや鉄と比較して延性が低い(図2)。Mgのすべり系は,底面と柱面,錐面に平行な三つのすべり系から成る。錐面すべりのCRSSは,底面すべりや柱面すべりのCRSSよりも非常に大きく,常温ではほとんどすべらない。そのため常温では,c軸方向(図2の上下方向)のすべりが期待できない。
一般に,圧延により作製されるMg合金には,底面が圧延面に対して平行に配列する集合組織が形成される〔図3(a)〕。このような集合組織が形成されると,底面すべりと柱面すべりは圧延方向と板幅方向には作用するが,板厚方向には作用しなくなる〔同(b)〕。そのため,Mg合金圧延材を薄くできず,プレス加工の初期に破断してしまっていた。つまり,Mg合金圧延材の常温成形性を高めるには,Mgの集合組織が圧延面に対して平行に配列しないようにすればよい。圧延中の集合組織形成を制御し,底面すべりと柱面すべりが板厚方向に作用しやすい集合組織を形成させる必要がある。
新Mg合金では,微量の希土類元素を添加することで柱面すべりを活発にし,底面の法線が板幅方向に35°傾いた集合組織を持たせた(図4)。これにより新Mg合金は,板厚方向に容易に変形できる。これにより,Al合金(3000系,5000系,6000系Al合金相当)並みの常温成形性を示し,常温でのプレス加工が可能となる(図5)。