実際に動くハードウエアをつくって徐々に完成度を高めていく「フィジカル・コンピューティング」と呼ばれる手法が注目を集めている。「Wii」や「iPhone」のような,画期的な製品を生む可能性があるからだ。フィジカル・コンピューティングの実践ツール「Gainer」を開発した小林茂氏に,発想の原点を聞いた。同氏に執筆していただいた,フィジカル・コンピューティングのカンファレンス「Sketching in Hardware 3」の体験レポートと合わせてお読み下さい。(以下は,『日経エレクトロニクス』,2008年5月19日号,p.35から転載しました。内容は執筆時の情報に基づいており,現在では異なる場合があります)

 ハードウエアを簡単に扱うためのツール・キット「Gainer」を開発しています。Gainerを使えば,ハードウエアの知識があまりない人でも,光や音などの情報をセンサから受け取り,LEDやモータを物理的に動作させる「フィジカル・コンピューティング」を手軽に試せます。

 岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー(IAMAS)には,デザインやアートに興味を持ち,エレクトロニクスをこれらの分野に応用したい学生がたくさんいます。しかし,電気の知識を持たない学生がセンサやモータをうまく使えるツールはあまりありませんでした。以前は海外製のツール・キットを使っていたのですが,どうしても細かい不満が出てきます。また,壊れたときの修理にも手間がかかります。修理用の10米ドルのマイコンを送ってもらうのに,送料が30米ドルも掛かったことがありました。

 そこで,2005年9月に授業の一環としてフィジカル・コンピューティングのためのツールを自分たちで開発することにしました。最初のバージョンを公開したのは2006年6月です。ソフトウエア,回路図,ガーバー・データ(プリント基板の製作に必要なデータ)をすべてオープンソースで公開しているので,腕に自信があれば自作できます。日米の数社が組み立てキットや完成品を販売しています。

ハードウエアをスケッチする感覚

ツール・キット「Gainer」のI/Oモジュール
ツール・キット「Gainer」のI/Oモジュール (画像のクリックで拡大)

 2004年にIAMASに移る前は,電子楽器メーカーでサウンド・デザイナーをしていました。電子楽器ではヒューマン・インタフェースが重要です。しかし,設計の段階では実際に触ってインタフェースを確かめることはできません。試作品ができてからほかのインタフェースの方がよかったと思っても,その設計で走らざるを得ないという現実がありました。手間をかけて開発すると,もったいなくて捨てられなくなってしまうのです。実際に動作するまでに時間がかかると,その間にデザイナーのモチベーションが落ちてしまうという問題もあります。

 これらは,アイデアを考える人と実装する人が分かれているために起こる問題です。デザイナーがGainerなどを使って手早く試作品を作り,それに対して技術者が技術の視点からアドバイスする。こうして互いに歩み寄れば,面白い製品や楽しい製品が必ず生まれると思います。

 今のところGainerの機能を増やしていくことは考えていません。機能が重厚になると使い方を覚えきれなくなるからです。代わりに「こんな使い方ができる」というレシピを増やしていく予定です。あくまで「ハードウエアをスケッチする」という感覚を失わないようにしたいと思っています。(談)

小林 茂(こばやし・しげる)
岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー(IAMAS)准教授。1970年愛知県名古屋市生まれ。電子楽器メーカーに技術者およびサウンドデザイナーとして勤務した後,2004年よりIAMAS。最近の主な活動はフィジカル・コンピューティングのためのツール・キット「Gainer」と「Funnel」。IPA(情報処理推進機構)認定スーパークリエータ(2007年度第I期・美馬PM)。

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