前回は,コンテンツを暗号化して対価を支払ったユーザーにだけ視聴やコピーを制限する従来のやり方が,限界を迎えていることを指摘した。今回は,音楽や動画の世界で進行するDRMフリー化の現状やその理由を解説する。(本稿は,日経エレクトロニクス,2008年3月10日号,pp.56-59から転載しました。内容は執筆時の情報に基づいており,現在では異なる場合があります)

 コンテンツを暗号化せずに提供する,いわゆる「DRMフリー」の動きはまず,音楽配信の世界で始まった。2007年5月30日に米Apple Inc.が「iTunes Store(iTS)」においてDRMフリーでの配信を開始し,米Wal-Mart Store, Inc.や米Amazon.com, Inc.らがこれに追従した。今日では世界の4大レコード会社すべてが,いずれかの音楽配信サービスにDRMフリーでの楽曲を提供している(図3注3)

図3 DRMによる保護なしでの音楽配信が主流に Apple社(当時はApple Computer社)がインターネット経由での音楽配信サービスを始めた2003年は,複数台のパソコンや「iPod」に楽曲をコピーできることがもてはやされた。しかし購入した楽曲が「iTunes」およびiPodでしか再生できないことについて欧州の消費者団体などが不満の声を上げるようになり,Apple社は2007年に「DRMフリー」での配信を始めた。Wal-Mart社やAmazon.com社などがこれに追随し,音楽配信サービスではDRMフリーが主流になりつつある。
図3 DRMによる保護なしでの音楽配信が主流に Apple社(当時はApple Computer社)がインターネット経由での音楽配信サービスを始めた2003年は,複数台のパソコンや「iPod」に楽曲をコピーできることがもてはやされた。しかし購入した楽曲が「iTunes」およびiPodでしか再生できないことについて欧州の消費者団体などが不満の声を上げるようになり,Apple社は2007年に「DRMフリー」での配信を始めた。Wal-Mart社やAmazon.com社などがこれに追随し,音楽配信サービスではDRMフリーが主流になりつつある。 (画像のクリックで拡大)
注3) 2007年2月にApple社 CEOのSteve Jobs氏は,「レコード会社はDRMによる保護をあきらめるべきだ」とする声明を発表し,Apple社が望んでFairPlayを利用しているわけではないと主張した。当時の音楽配信サービスはすべてDRM技術による保護を施したものだったが,これを機にDRMフリー化の波が一気に押し寄せた。

CDがあるから保護は無意味

 きっかけはApple社に対する訴訟である。フランスやドイツ,北欧諸国などの欧州を中心に,消費者団体らがiTSでのDRM技術による保護は不当だとしてApple社を訴える事例が多発した。Apple社はそれまで,iTSで購入した楽曲にDRM技術「FairPlay」を適用して,同社のメディア・ライブラリ管理ソフト「iTunes」と携帯型メディア・プレーヤー「iPod」シリーズでしか再生できないように制限していた。