このほか,製造設備の調達やラインの立ち上げでもHon Hai社は突出している。手慣れた最終商品ならば製造ラインを用意するスピードが極めて早い。受注を受けて工場棟を建設し,並行して製造装置を納入するのに要する期間は,Hon Hai社の場合わずか3カ月。「深センは地震が少ないこともあり,突貫工事で工場棟を建てやすい」(Hon Haiグループの幹部)。装置メーカーも,Hon Hai社のスピードへのこだわりには舌を巻く。「Hon Hai社は装置の納期が非常に厳しい。通常の納期は2カ月だが,Hon Hai社は1カ月を要求する。厳しいが,大口の顧客なので断れない」(Hon Hai社に製造装置を納めるメーカー)。

(5)人事・風土
信賞必罰を追求,強力な規律で機密を守る

 Hon Hai社の企業風土を表す言葉は二つある。一つは休日出勤や深夜残業をいとわない「ハード・ワーク」,もう一つは「軍隊並みの規律」である。前者については「実質,週休1日です」(Hon Hai社のベア・ボーン販売担当者),「退社時間が午前1時という日がザラにある」(Hon Hai社と取引する日系部品メーカーの営業担当者)といった証言が多い注16)

注16)一方,工場で作業に従事する労働者の待遇について,英紙の報道で「iPodの製造工場の労働環境が劣悪である」と伝えられた。これに対してHon Hai社のGou氏は「報道された内容は正しくない。我々は,この報道に対して訴訟を提起することを考えている。もともとの記事を書いた媒体は,当社の工場や幹部を取材していない」と反論している。

 Hon Hai社の従業員が懸命に働く最大の理由は,採算性の低下を抑えながら売上高を年率3割以上伸ばすという目標が至上命題になっていることにある。この目標を満たせなければ,従業員は報酬の大幅なカットを覚悟しなければならない。逆に,目標を満たし会社への貢献が認められれば,幹部はもちろん若手社員でも年に数百万円に相当する自社株式を手に入れることができる。

株式ボーナスは実効性を保つ

 こうした信賞必罰の人事は,台湾のハイテク企業で特有の報酬制度「株式ボーナス」によって支えられている(図10)。この制度は,日本や米国で一般的なストック・オプションに比べて,自社株式を無償で入手できるため,従業員は売却益を容易に得られるという特徴がある。制度自体は台湾で一般的だが,Hon Hai社は台湾でも類を見ない急成長を遂げたため「一般にHon Hai社に長く勤めている人は裕福とみられている」(大和総研台北支所の杉下亮太氏)。

図10 働きに報いる制度や施設  台湾の電機・半導体メーカーは一般に,正社員向けに株式ボーナスと呼ぶ報奨制度を導入している。日本や米国で一般的なストック・オプションと比べて,社員も会社も利点が大きい。(a)は大和総研 台北支所杉下亮太氏への取材を基に作成した。中国深センにある龍華工場内の福利厚生施設を示した(b,c,d)。
図10 働きに報いる制度や施設  台湾の電機・半導体メーカーは一般に,正社員向けに株式ボーナスと呼ぶ報奨制度を導入している。日本や米国で一般的なストック・オプションと比べて,社員も会社も利点が大きい。(a)は大和総研 台北支所杉下亮太氏への取材を基に作成した。中国深センにある龍華工場内の福利厚生施設を示した(b,c,d)。 (画像のクリックで拡大)