第1の理由は,金型業界の常識とは懸け離れた大規模な金型製造設備だ。中小の金型メーカーなら数台しか持てない金型加工装置を,同社は計2000台近く保有する。これらの装置を,1万5000人とも3万人ともいわれる金型技術者が交代で24時間フル運用する。

 これだけの金型技術者をそろえるために,同社は中国で三つの金型学校を運営し,技術者を養成している。専門学校や高等学校の卒業者などを対象に,1年間ほど金型の設計・製造技術を教え込む。卒業試験に合格した後に「戦場(工場)に送り込む」(Foxconn International社のDai氏)という仕組みだ。1年で2000~3000人の卒業生を輩出する。

 第2の理由は,今までに手掛けた金型の設計図を素早く呼び出して活用できるデータベースを構築したこと。これにより,通常は1週間ほどかかる金型の設計を1~2日で完了できるという。「このデータベースは,Hon Hai社の最高機密の一つといっていい」(Hon Hai社の携帯電話機向け金型事業の責任者)注11)。金型学校で学んだ2000人の金型設計者を擁し,24時間体制で設計を手掛ける。

注11)特にこのデータベースが威力を発揮するのが,携帯電話機とノート・パソコンの筐体向け金型である。いずれも機種ごとの形状の差は比較的小さく,ヒンジ周辺や液晶パネル周りなど,他の機種の金型設計図をわずかに変更するだけで済む。このデータベースは,幾つかの筐体の部位ごとに,形状が似ている筐体を瞬時に探し出し,金型設計データを当てはめることができる。一般に金型を設計した後は,溶融プラスチックの金型への流れ方などをCAEで検証する必要があるが,使用済みの金型設計図を流用すれば,この作業は大幅に減らせる。筐体の成型部だけでなく,押し出しピンなど金型の標準部品のデータもデータベース化している。

 Hon Hai社のGou氏がデータベースの構築を思い立ったのは,1998年ころという。その後,ITバブルがはじけて光ネットワーク機器の需要が激減した 2000年ころから,余剰の人員を活用し,膨大な数の金型設計図を人海戦術でデータベース化したという。「20年以上に及ぶ金型製造のノウハウを,このデータベースに詰め込んだ」(同氏)。