納品まで最速で3日

 一般に,金型の設計から製造までは4~6週間かかる。だがHon Hai社は「携帯電話機のプラスチック筐体に向けた射出成形用の量産金型なら1セット分(10~20型)を,平均7日で製造する。金属筐体向けのプレス用量産金型なら10日くらい」(Hon Hai社の技術顧問を務めるファインテック 代表取締役社長の中川威雄氏)と,通常に比べて1/5ほどの期間で金型を完成させる注8)。大至急の依頼であれば3日で納品することもある。「一度Hon Hai社に奪われた顧客は,どう頑張っても取り返せない」(ある金型メーカーの販売担当者)といわれるゆえんだ。金型の注文が殺到しているときは2週間以上かかることもあるが,その場合でも大口顧客には多くのリソースを割いて優先的に金型を造る。Mg筐体の場合,携帯電話機用で3週間,ノート・パソコン用で4週間で量産金型を造れるという注9)

注8)金型を早く造れることは,金型の低コスト化にもつながる。金型の製造に4~6週間を要する場合,量産までに金型を用意するため,最終商品の設計を始めたばかりの段階で金型を見込み発注する必要があった。このため,設計の変更に伴い,金型設計の変更が頻繁に発生していた。一般に金型の設計・製造には数百万円掛かる。金型が1週間で造れるなら,最終商品の設計が固まるまで金型の発注を引き付けられる。その分,金型の設計変更が少なくでき,余分なコストを抑えられる。

注9) 3~4週間の期間のうち,設計に要するのは1週間ほどという。深セン工場における金型の設計者は24人,うちノート・パソコン向けが12人,携帯電話機向けが12人。Hon Haiグループ全体では60人を抱える。それぞれの設計者は自分が得意とする部位の設計のみを行う。「一人の技術者がすべての分野を習得すると,他社により高給で引き抜かれてしまう。ある分野にのみ特化させるのがベスト」(Hon Hai社の金型設計の責任者)。

膨大な人員・設備

 Hon Hai社がここまで高速に金型を造れる理由は三つある(図7注10)

注10) 筆者は2006年6月,Hon Hai社の深セン工場にある金型製造棟を見学した。まず,最上階である6階には150台ほどのパソコンが並んでいる。若い技術者が慣れた手さばきで,モニター上に浮かんだ金型の3次元映像を操っていた。使用するCADソフトウエアは「Pro/ENGINEER」「I-deas」といった3次元CADがほとんど。そして金型製造棟1階には,金型を削り出す牧野フライス製作所の最新鋭マシニング・センター「V22」が20台,ずらりと並んでいた。後で金型加工機の正確な台数を聞くと,マシニング・センター43台,放電加工機31台,ワイヤ放電加工機20台。このような規模の工場が,深セン工場だけで幾つもあるという。6階で設計した金型のデータは自動的に1階の装置に送られ,データに基づいて金型部品を加工する。金型部品にはすべて1cm角の無線タグが付いており,この無線タグを読み取った業務管理システムが作業員に次々に指示を与える。作業員はモニターに表示された指示に従い,装置を動かしていた。携帯電話機向け筐体の場合,同じような金型工場が三つあり,コストや効率を互いに競っているという。「実績が出る年末になると,皆ピリピリしだす」(金型工場の責任者)。最近では,工場ごとに専用の金型設計・製造設備を設置し,最優先で顧客の金型を造るようにしたという。
図7 常識破りの金型製造スピードを実現する三つの要素  Hon Hai社の金型技術の最大の強みは,量産金型を極めて短い納期で設計・製造できることだ。携帯電話機1機種分の筐体の量産金型であれば,通常は4~6週間かかるところ,Hon Hai社は平均7日間ほどで製造する。短納期を実現できる理由は三つある。一つは,今までノート・パソコンや携帯電話機の金型設計で蓄積した巨大なデータベースから金型の設計図を流用することで,1~2日で金型を設計する体制を整えたこと。もう一つは,金型部品に取り付けた電子タグを使って金型の設計から製造,筐体の試作に至る業務フローを管理するソフトウエア「Foxconn Rapid Tooling」を自社開発したこと。そして,合計で1万5000人とも3万人ともいわれる豊富な金型技術者のリソースを生かし,昼夜3交代の24時間体制で設計・製造を行うことである。
図7 常識破りの金型製造スピードを実現する三つの要素  Hon Hai社の金型技術の最大の強みは,量産金型を極めて短い納期で設計・製造できることだ。携帯電話機1機種分の筐体の量産金型であれば,通常は4~6週間かかるところ,Hon Hai社は平均7日間ほどで製造する。短納期を実現できる理由は三つある。一つは,今までノート・パソコンや携帯電話機の金型設計で蓄積した巨大なデータベースから金型の設計図を流用することで,1~2日で金型を設計する体制を整えたこと。もう一つは,金型部品に取り付けた電子タグを使って金型の設計から製造,筐体の試作に至る業務フローを管理するソフトウエア「Foxconn Rapid Tooling」を自社開発したこと。そして,合計で1万5000人とも3万人ともいわれる豊富な金型技術者のリソースを生かし,昼夜3交代の24時間体制で設計・製造を行うことである。 (画像のクリックで拡大)