材料も生産

図5 材料から加工まで一手に手掛ける  Hon Hai社のMg合金を使う筐体事業の売上高は,年率2倍近い成長を遂げた(a)。2006年第1四半期には売上高で業界最大手の台湾Catcher Technology社(可成科技)を抜き,電子機器向けMg筐体の分野で業界第1位に躍り出た。シェアは30%ほどとみられる。Hon Hai社は,Mg合金インゴットの生産から,金型の設計製造,筐体の製造までを一手に担う体制をつくり上げた(b)。太原工場ではMg合金インゴット(AZ91系)の生産から筐体の製造を担い,深セン工場や昆山工場では,金型の設計・製造と小規模の筐体生産を担う(c)。
図5 材料から加工まで一手に手掛ける  Hon Hai社のMg合金を使う筐体事業の売上高は,年率2倍近い成長を遂げた(a)。2006年第1四半期には売上高で業界最大手の台湾Catcher Technology社(可成科技)を抜き,電子機器向けMg筐体の分野で業界第1位に躍り出た。シェアは30%ほどとみられる。Hon Hai社は,Mg合金インゴットの生産から,金型の設計製造,筐体の製造までを一手に担う体制をつくり上げた(b)。太原工場ではMg合金インゴット(AZ91系)の生産から筐体の製造を担い,深セン工場や昆山工場では,金型の設計・製造と小規模の筐体生産を担う(c)。 (画像のクリックで拡大)

 Hon Hai社の事業領域は,材料分野にも及んでいる注3)。同社は使用済みMg合金からAZ91インゴットを生産するリサイクル設備を,中国・山西省の太原工場で稼働させている(図5)。イスラエルDead Sea Works社の協力を得た。この材料から最終加工まで一貫して自社で手掛ける体制が,電子機器向けMg筐体で業界トップの売上高を支えている(図 5(a))。

注3) Hon Hai社は以下に紹介するMg合金のほか,電極の金めっきに使うシアン化金カリウム(K3Au(CN)6)を台湾で内製している。このために消費する金(Au)の量は,ひと月に2t以上に及ぶという。生産したシアン化金カリウムの半分以上は外販している。
†AZ91=溶融時の流動性が高く,ダイカスト成形に向くMg合金。Alを約9%,Znを約1%含む。

 納期面では不利になるにもかかわらず,深センにある機器組み立ての拠点から遠く離れた太原にわざわざリサイクル設備を置いたのは,山西省が世界有数の Mg地金の生産地だからだ注4)。Mg筐体の製造には,投入したMg合金の約半分に及ぶ大量のスクラップが発生するため,リサイクル設備に近い場所で製造するのが望ましい。これで,使用するMg合金の半分を自社で賄えることになる。もう一つの理由は,山西省の人件費の安さである。深センや上海と比べ約 2/3とされる。Mg筐体の製造工程の中には,バリ取りや研磨など労働集約的な工程があるため,コストに占める人件費の割合が高くなる注5)

注4) Hon Hai社がMg筐体を手掛けた理由の一つに,世界のMg地金の75%を生産する豊富な資源量を背景にした,中国政府の産業政策がある。「中国政府はこの寡占状況を利用し,資源を輸出するだけでなく合金や加工品といった付加価値の高い部材の生産を増やしたい考えだ。Hon Hai社はこの政府の考えに乗り,Mg筐体の製造工場を建てた」(鴻海Group 軽金属開発センター 技術開発主幹の井藤忠男氏)。特に山西省は,中国におけるMg地金の80%を生産する。

注5) Mg筐体を組み立て工場まで運ぶ輸送費や手間を考えると,太原への投資は決して得策ではないとする声も多い。それでも太原に工場を建設した理由として,Hon Hai社のGou氏の両親の出身地である山西省の振興に貢献する意図があったとの指摘がある。

 電子機器向けMg筐体の製造技術は,もともと日本の企業が実用化で先行していた1)。個々の企業が持つ技術は現在でも,Hon Hai社より高いといわれている注6)。Hon Hai社自身も「特に表面処理工程では,まだまだ日本のメーカーから技術を導入する必要がある」(Mg筐体を担当する技術者)と認める。ところが,日本ではMg合金の射出成形(ダイカスト)から表面処理までの各工程を,個々の技術を持つ中小企業が個別に担当する場合が多かった。これではコストが下がりにくい上,納期も縮めにくい。すべての工程を自社が担うHon Hai社に技術では勝っていても,低コストと短納期では太刀打ちできない。

注6) 技術力の指標の一つであるMg筐体の肉厚については,「携帯電話機向けなら0.4mm台,ノート・パソコンなら0.65mm」(Hon Hai社のMg筐体の技術者)という。日本ではノート・パソコンで既に0.57mmの薄さを実現しており,Hon Hai社の方がやや劣る。
参考文献
1) Itou,T.,“Todays Magnesium Technologies And Application In Japan,”2000 IMA 57th Annual World Magnesium Conference Vancouver(Canada)Pro,pp.33―40.

―― 次回へ続く ――