なぜ台湾系は中国で成功したのか
――中国・台湾の事情通に聞く

台湾では「中国経済を隆盛させたのは台湾系企業だ」との意見を頻繁に聞く。実際,2005年時点の中国からの企業別輸出金額ランキングを見ると,上位20社中10社を台湾系企業が占めている。日系企業はこのランキングに一つも顔を出していない。この差は何なのか。よくいわれる成功要因として,台湾出身者は北京語を話し,中国大陸の文化を理解しやすいことが挙げられる。本当にそれだけか,もう一段深い理由を探った。

 「台湾出身者はウチの会社で絶対に必要です。中国出身のエンジニアと私の間にある,品質に対する考え方の溝を埋めてくれるからです」。こう話すのは,中国と日本でゲーム関連機器の設計・製造業を営むオプテック 代表取締役の中西豊氏である。

 「日本で育った私は,中国における品質に対する常識をなかなか理解できません。例えば今,目の前にあるコップは欠けていない。日本では当然ですが,中国では違う。先日,中国の喫茶店で,出てきたコップが欠けているので店員で指摘したら,換えてくれたのはいいのですが,そのコップを捨てずに流しにおいた。文句を言わない客に出せばいいからです。

 これだけ中国と日本ではモノの品質に対する基準が違う。その点,産業の近代化が中国より早かった台湾の基準は日本と中国の中間にある。だから,中国出身者の感覚を理解しつつ上手に指導できる。そうして出来上がった台湾基準の商品は,品質とコストのバランスがいいことから世界で売れています」。

日本の民生機器は,世界で拡販するには品質が高すぎてコスト競争力が低いという指摘がよくされている。これは本当なのか,Hon Hai社などのパソコン・メーカーと取引する台湾在住の日系部品メーカーの幹部に聞いてみた。

 「間違いなく過剰品質です。世界の常識に照らせば異常ともいえる高品質の商品に囲まれているから,世界における品質基準を見誤るのです。日本には相変わらず,台湾企業の商品は品質が低いと考える人が多いようですが,台湾企業は世界のパソコン市場を完全に制しているんです。これだけ売れていることこそ,品質が十分という証しですよ。

 過剰品質を象徴するのが,携帯電話機です。通信事業者が品質基準を決めて端末を買い上げているので,どの端末も極端に品質が高い。でも考えてみてください。世界を見渡せば,現在,携帯電話機が一番売れている市場は,有線電話もそれほど普及していなかった地域ですよ。電話が使えることが,とにかくありがたい。そこに向けた,最低限の品質を満足させることでコストを抑えた商品を,果たして日本メーカーは企画,設計できるのでしょうか」。

 家庭用ゲーム機メーカーの元技術者は「販売地域で育つなどして本当に地域の好みを知って商品を企画しないと,なかなかヒットしません。ゲーム機が世界中で同じ仕様で売れているのは,ゲーム・タイトルと組み合わせて,初めて機能を発揮する特異な商品だからです。実際,好評なタイトルや,その中身は地域ごとにかなり異なっています」と言う。

日系企業が台湾勢のように中国で目立った成果を上げられない理由の一つとして,中国側に適切に設計や製造業務を任せられていないことがある。委託したら,コミュニケーションがうまくいかずかえって手間が増えた,という例が多い。台湾出身者は悩まされていないのか。オプテックの中西氏に聞いた。

 「台湾出身者は,中国の従業員に仕事を任せるときは手順をこと細かに指示して,余計なことをさせない。それに従わないときの罰則も用意する。チョロっと説明してあとはよろしく,なんてことは絶対にない。そもそも日本企業が,気心が知れていない他人を,まるで家族であるかのように信頼することが問題なのです。私もそうですが,島国で育った癖が,どうしても抜けない」。前出の日系部品メーカーの幹部によると,Hon Hai社と欧米の発注元企業の間でも同じ状況だという。「欧米企業は,Hon Hai社などの受託企業に,あくまで指導すべき相手として接します。だからきっちりとした仕様書なり品質基準なりを提示する。Hon Hai社は,それを柔軟に受け入れる。だから,Hon Hai社で共通の品質基準なんてありません。顧客ごとに基準が違うのです」。

中国では政府との「人脈」「付き合い」も必要になる。政治的に微妙な関係に置かれた台湾系中国企業はどうしているのだろうか。ある台湾の法律専門家は個人的な意見として断りながらこう答えた。

 「中国は法治国家というより人治国家という側面が強いのは確かです。しかし,台湾企業にとってそれは障害ではありません。なぜなら台湾では,1949年から1987年まで40年近くも戒厳令が施行されていたからです。自由や公正に欠ける中でどう振る舞えばよいか,台湾出身者は身に染みて分かっています」。