金属加工だけではない。プラスチック成形においてもHon Hai社の技術力は他社から一目置かれている。例えばPSPの筐体に用いられる2色成形。透明な樹脂と不透明な樹脂を組み合わせている。2度の成形で位置ズレを起こさないように金型を精密に調整しなければならない。月100万個のペースで量産する中で十分な歩留まりを得られなくなるからだ。ソニー・コンピュータエンタテインメントはPSPの量産当初,国内のメーカーから筐体を調達していたが,「Hon Hai社から供給を受けるようになって,ようやく需要に供給が追い付かない悩みから開放された」(ソニー関連企業の元幹部)という。

 ある生産技術の専門家は,こう分析する。「結局,他社よりコストを大幅に下げて利益を得られる技術と分かれば,多少難しかろうがHon Hai社は習得してしまうんです。必死に学びますから」。

 貪欲に新しい技術を習得しようとするHon Hai社の姿勢は,腕に自信のある技術者を引き付ける。日系企業を経てHon Hai社に入社した日本のベテラン技術者は,決して易しい仕事環境ではないが,入社して良かったという。

 「日系企業に勤めていたときからやりたかったテーマに,ようやく腕を振るえる。Hon Hai社は関連事業の規模が大きいから,スケール・メリットが見込める。『日本から技術を流出させる』と,私に後ろ指をさす人はいるだろう。しかし,十分な生産量を前提としなければ,私の造りたいものは造れない。そんな企業が日本にあるのだろうか。Hon Hai社でうまく事業を立ち上げた後は,日本の企業とHon Hai社の協業も進めて日本の産業に貢献したい」(Hon Hai社の日本人技術者)。

 金型を中心にHon Hai社は,材料や部品,ソフトウエア開発にまたがる非常に幅広い事業領域を手掛けている。請け負える業務も外観デザインから設計,製造,量産後の物流,修理などのアフターサービスまでと幅広い。商品企画と先端の研究,消費者への販売を除けば,できない業務はないと言ってよい。こうした,単なる組み立て業者とは一線を画す事業領域,業務分野を手中に収めることで,Hon Hai社は世界最大のEMS企業にのし上がった。

 「モノづくりは日本が一番,という神話は崩れている」(ソニー関連企業の元幹部)。今ここでHon Hai社の実態を知り,付き合い方を熟考しない限り,日本の民生機器メーカーがかつての勢いを取り戻すことは難しいだろう。

―― 次回へ続く ――