初代「iPhone」のユーザー・インタフェースを,認知心理学者のDonald A. Norman氏,米国のデザイン会社のfrog design社,Cooper社に評価してもらった。その結果,iPhoneには優れた点と未成熟な部分が混在していることが分かった。評価結果から見えてくるApple社の設計思想は,最新版のiPhone 3Gにも受け継がれているようだ。連載第一回は,3者の評価をまとめた総論である。(以下の本文は,日経エレクトロニクス,2007年7月30日号,pp.101-103から転載しました。メーカー名,肩書,企業名などは当時のものです)

 「iPhone」に技術面での革新性はない。その代わりに米Apple Inc.は,見た目の美しさや操作のしやすさを最優先し,細部まで気を配った体験をユーザーにもたらすことに力を注いだ。本誌が米国のデザイン会社2社と協力して実施したiPhoneのユーザー・インタフェースの評価から,このような設計方針が浮き彫りになった。

 例えばiPhoneの売り物の一つであるWWWサイトの閲覧機能はこれまでの携帯電話機にもあった。それにもかかわらず米国では,携帯機器によるデータ通信の市場はまだ立ち上がっていない。iPhoneの登場に熱狂する米国の消費者の姿は,これまでの携帯電話機の取り組みが不十分だったことを示唆する。Apple社は,単なる機能の提供にとどまらず,ユーザーが喜んで使うように機能を磨き上げて,この状況を変えようと狙っている。

 Apple社がiPhoneで実現したユーザー・インタフェースの完成度は,評価に参加したデザインの専門家も認める。「物理的な装置とGUIを,極めてうまく統合している」(米Cooper社)。特にユーザーを引き付けるのが,タッチ・パネルを使った操作と滑らかに動くアニメーションの組み合わせである。これによって,使いやすいだけでなく,使っていて楽しい操作を実現した。画面に表示された連絡先のリストを指でなぞると,滑るように動き出し,リストが上限や下限に達したらボールがバウンドするときのように揺れて止まるのが,その典型例である。このような効果をふんだんに盛り込んでユーザーを喜ばせることが,iPhoneの魅力の鍵である。

 同社は,単にユーザーの目を楽しませれば済むとは考えなかった。従来製品との違いを実感させるために,ユーザーが携帯電話機をどう使い,何が不満かを調べ,ずっと簡単に操作できるようにした。例えば通話中に別の電話がかかってきたとき,iPhoneでは画面上のボタンを押すだけで,両者を切り替えたり一つにまとめたりできる(図1(a))。

図1 優れた特徴と劣った点が混在 iPhoneには,驚くほどよくできた機能と,競合製品に劣る部分の両方が存在する。電話の機能では,例えば同時に二つの電話がかかってきたとき,両者を一つにまとめたり,交互に切り替えたりすることが容易にできる(a)。一方で,最後にかけた電話にまた電話をかけようとしても,電話番号を呼び出すまでに何段階もの操作が必要である(b)。通常の米国市場向け携帯電話機であれば,「Send」ボタンを2度押すなどのショートカットが用意されている。
図1 優れた特徴と劣った点が混在 iPhoneには,驚くほどよくできた機能と,競合製品に劣る部分の両方が存在する。電話の機能では,例えば同時に二つの電話がかかってきたとき,両者を一つにまとめたり,交互に切り替えたりすることが容易にできる(a)。一方で,最後にかけた電話にまた電話をかけようとしても,電話番号を呼び出すまでに何段階もの操作が必要である(b)。通常の米国市場向け携帯電話機であれば,「Send」ボタンを2度押すなどのショートカットが用意されている。 (画像のクリックで拡大)

 一方で,あらかじめ定めた外観や操作の実現を妥協せずに追い求めた結果,iPhoneには既存の携帯電話機では当たり前の機能が欠けている。例えば,ボタンを2回ほど押すだけで済むリダイヤル機能がない。これは,前面に物理的なボタンを一つしか配置しない簡素なデザインを目指したからだろう(図1(b))。今回の調査では,ユーザーを失望させかねない同様な欠落がいくつも見つかった。デザイン面での要求だけでなく,開発資源が足りずに,実装を先送りにしたとみられる点もある。Apple社は装置全体の魅力を高めることで,これらの欠点を覆い隠せるとみなしたようだ。

 以下では,今回の調査結果の詳細を報告する。ユーザー・インタフェースの設計や評価を手掛ける2社が,別々の方法でiPhoneを精査した。いずれの結果からも,Apple社が何を重視し,何を後回しにしたのかが鮮明に浮かび上がる。