前回までのあらすじ
2001年初め,Apple社のマーケティング担当者一人と技術者一人に,携帯型音楽プレーヤーの市場調査の命が下った。それが,わずか9カ月後に登場した「iPod」の発端だった。調査の結果,彼らはApple社が取り組むべき機器は,既存の製品と全く異なることを見いだした。(以下の本文は,『日経エレクトロニクス』,2004年5月24日号,pp.216-217から転載しました。メーカー名,肩書,企業名などは当時のものです)

Labor of Love

 この資格を満たす製品像を浮き彫りにするため,2人はさらに調査を進めた。その過程は,Stanがこれまで経験したどの製品の場合とも違っていた。彼がApple社に入社して既に6年がたつ。その間に,「PowerMac」から教育用のデスクトップ機,サーバに及ぶ幾多の企画を担当した。今回の開発は,いずれにも似通わない。何しろApple社にとっても,初めての分野である。

 2人は,多くのエンジニアが夢見る立場を享受した。真っ白なキャンバスに,世の中を揺さぶる鮮烈なビジョンを描き出すのだ。Stanはこの仕事を,心より楽しんだ。

 当時を振り返るStanの発言は,あたかも神聖な体験の追想か,激戦をくぐり抜けた古参兵の述懐のように響く。「あのころのことは,何だかぼんやりしてるんだ。分かるだろう? 本当に開発に入れ込むと,時間には意味がなくなる。24時間ぶっ通しで,7日間働いているようなものだった。ほかに何が起こっているのか,まるで気にならなかった」。

 Stanの頭脳は,あらゆる選択肢を探って四六時中働き続けた。時と場所を選ばずに,閃きが彼を襲った。シャワーを浴びる間,朝目が覚めた瞬間,夜更けに職場から戻るドライブの最中に,彼は声を張り上げる。

 「いいこと思い付いたぞ!」

Secret“iPod”Man

 2人にできることには,当然限りがある。折に触れて彼らは,同僚の知恵を頼った。2人には,社内のどのグループとも相談できる権限があった。iPodにつながるアイデアの多くは,Apple社のさまざまな部門との対話から発している。FireWireの開発グループ,PowerMacの担当者,マニュアルの作成部門さえもが,発想を刺激したという。