米国で発売された初代のiPhoneのユーザー・インタフェースを,日本国内のデザイン専門会社に「作り手」の立場から評価してもらった。他の製品と比べて際立った特徴として,タッチ・パネルを用いた直接操作と動的なグラフィックス表示を,高い水準で融合させたことを挙げる。タッチ・パネルを使って自然な操作を実現するために,念入りなチューニングを施したことがうかがえる。このようなユーザー・インタフェースを実現することは,現在の日本メーカーの開発体制では困難とみる。企画やユーザビリティ・テストなどの段階で,採用されない可能性が高いからである。(以下の本文は,『日経エレクトロニクス』,2007年9月24日号,pp.82-89から転載しました。メーカー名,肩書,企業名などは当時のものです)

 米Apple Inc.の携帯電話機「iPhone」のユーザー・インタフェースを,デザインの専門家の視点で分析した。これまでも本誌では,米国のデザイン会社2社によるiPhoneの分析を掲載している1)。ただし,それらはユーザーの視点で見た評価だった。今回は,作り手の立場から分析を試みた注1)。 結論を言えば,iPhoneのユーザー・インタフェースの優れた点は,タッチパネルを使った直接的な操作と,動的なグラフィックス表示の高度な融合にあると考えている。重要なのが,「高度な」という点である。タッチ・パネルを使った製品や,動的に変化するアニメーションを用いた表現はこれまでにもあったが,iPhoneほどの完成度に至った例はあまりない。その違いは,操作感をどこまで高めたかにある。具体的には,タッチ・パネルを使った操作で複数の確定方法を使い分けるなどして,ユーザーが意図した通りに間違いなく操作できるように仕上げた点で,iPhoneは優れている。

 iPhoneのユーザー・インタフェースは,多くのメーカーが思い付く発想に基づいている。しかし,その発想を製品として実現するには,現状の日本企業の開発体制ではいくつかの困難に直面しそうだ。本稿の後半で,開発上の難点と解決策を検討する。

注1) ソフトディバイスは,1984年に創業したデザイン会社で,1990年ごろからユーザー・インタフェースの設計に取り組んできた。デジタル家電やパソコン用ソフトウエアなどに向けたユーザー・インタフェースの提案,制作,コンサルティング業務を手掛けている。

さほど先進性は見られない?

 今回の評価では,まずiPhoneのユーザー・インタフェースのどの部分に先進性があるかを検討した。

 個々の画面の構成や,画面がどのように遷移するのかといったユーザー・インタフェースの構造は,驚くほど普通といえる(図1)。iPhoneの画面を静止画で見ると,少し小ぎれいにできたGUI(graphical user interface)という程度である。後述するように,ウインドウを上下にスクロールさせるバーや矢印といった要素がないことが,すっきりした印象を与えている。

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図1 画面の構成や遷移は普通(約42秒の動画)
個々の画面の構成や画面の間の遷移方法は,iPhoneと他の携帯電話機などとでそれほど変わらない。ただし,iPhoneはウインドウを上下左右にスクロールさせるバーや矢印といった,画面操作用の要素を表示していないため,さっぱりした印象を与える(動画の再生にはWindows Media Playerが必要です。再生ボタンを押すと動画を読み込んでから再生が始まります。以下,同じ)。