東京理科大学 准教授の徳永英司氏と電気通信大学らのグループは,「ポッケルス効果(Pockels effect)」と呼ぶ電気光学効果が,水(H2O)に存在し,しかもその効果の係数(ポッケルス係数)が大きなものであることを初めて実験的に観測し,このほど米国物理学会(APS)のPhysical Review BのWeb速報版に論文が掲載された(論文のページ)。

 ポッケルス効果は,電場の強さに比例して屈折率が変化するという,1次の電気光学効果である。LiNbO3といった結晶が大きなポッケルス係数(電場と屈折率の比例定数)を示すことが知られている。こうした結晶に信号電圧をかけることで,光通信でレーザ光の強度などを変調する,光変調器などが作られている。

 こうした非線形光学効果の源泉は,結晶や分子内での分極である。この分極率が,外から印加した電場によって変化し,屈折率の変化として表れるのがポッケルス効果である。水分子は,単体ではポッケルス効果が表れることが理論的に予測される構造だが,液体としての水だと,分子がランダムな向きに多数集まっているので平均化されてしまい,同効果の測定は非常に難しかった。

 今回,徳永准教授らは,電気2重層(Electric Double Layer:EDL)を使うことで,水のポッケルス効果の測定に成功した。具体的には,ガラス基板上にITO(酸化インジウムスズ)の透明電極(厚さ100nm~500nm)を形成したものを用意し,これをNaClやNaFといった電解質を加えた水中に入れる。このガラス基板に対向するような形でもう一つの電極を入れ,ITO薄膜との間に電圧をかけた。

 こうすると,ITO薄膜のすぐ近くの水の部分に電気2重層が形成される。電気2重層は,厚さが数nmと薄いため,1V程度の電圧の印加でも,その層内では109V/mといった極めて高い電場を得ることができる。この状態でガラス基板に白色光を当てて,電圧を印加する前と後で干渉縞が変化する様子などから,ポッケルス係数を求めた(ITO薄膜内にできる「空間電荷層」の影響は,光の吸収率の変化などの測定結果などから算定して除外した)。これによると,同係数の大きさは200~300pm/V程度と(pmはピコメートル),LiNbO3よりも1桁大きい値だった。

 今回の実験結果は,水にもポッケルス効果があることを実験的に示した点で意味があるが,これがすぐに,水を使った光変調素子ができることを示しているわけではない。例えば,屈折率とはバルクとして意味のある値であり,電気2重層内で屈折率が変化したときに,それを光変調にどう生かすかは,今後の研究を待たねばならない。さらに,今回は電気2重層が形成される/同層がなくなるという変化を利用したため,イオンの物理的な移動などが必要で,変調速度は数十Hzがせいぜいだった。ただし,電気2重層を常に形成しておいた状態で,水の双極子の配向を変えることで変調できれば,応答速度は数十GHz程度が見込めるという。

 さらに,今回の現象やその測定方法は,電気2重層内での反応などについての「プローブ」としての役割を果たす可能性もある。水の電気分解といった反応には,電気2重層の存在が大きく関与しているといわれているが,その詳細はいまだに明らかになっていない。徳永准教授は「この方法を使うことで,さまざまな物質の界面で何が起こっているかを突き止めるための一つの方法になるかもしれない」と期待している。

【訂正】記事掲載当初,測定時に当てた光を「レーザ光」としていましたが「白色光」の誤りでした。加えて,水分子の分極についての説明が一部分かりにくい点がありましたので加筆・修正しました。

今回の実験のモデル
今回の実験のモデル
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