仕事で出張する際に必ず持ち歩かねばならない余計なもの。それはACアダプタの束である。ノート・パソコンからデジカメ,ケータイまで,仕事に必要な機器すべてのACアダプタを鞄に入れる必要がある。「どの機器にも使えるACアダプタがあればなあ…」とは誰しも考えたことがあるだろう。

図1 Green Plug社が展示した共通ACアダプタの試作機。ノート・パソコンや携帯型DVDプレーヤーなどの電力を1台のACアダプタで供給していた
図1 Green Plug社が展示した共通ACアダプタの試作機。ノート・パソコンや携帯型DVDプレーヤーなどの電力を1台のACアダプタで供給していた (画像のクリックで拡大)

 このユーザーの希望を叶えるべく活動しているのが米Green Plug Inc.である。各社が機器ごとにバラバラに供給しているACアダプタの仕様を共通化できれば,ユーザーも機器ごとに専用のACアダプタを持ち歩く必要がなくなり,機器メーカーはACアダプタの同梱コストが減らせる。ACアダプタの廃棄物の数を減らせるので,省資源にもなる。

 この目的のため,同社が機器メーカーに提唱するのが「Intelligent power supply」と呼ぶ共通ACアダプタである。機器とACアダプタが情報をやり取りすることで,ACアダプタが適切な電圧/電流を出力したり,不要な電力供給をカットして待機電力を抑えたりできる。

 こうしたGreen Plug社の考えに賛同する機器メーカーも現われ始めた。2008年6月13日,同社が加盟するNPO「The Alliance for Universal Power Supplies」が主催した会議で,家電メーカーの米Westinghouse Electric Corp.が共通ACアダプタへの支持を明らかにした。

 Green Plug社は,どのように共通ACアダプタを普及させる戦略なのか。同社 SVP Sales and MarketingのPaul Panepinto氏に話を聞いた。(聞き手=浅川 直輝)


――共通ACアダプタ構想はこれまでもあったが,機器メーカーの支持が得られなかった。原因の1つは,幅広い電圧の出力に対応させると,電力の変換効率が落ち,かえって消費電力の増加を招くこと。もう1つは,他社メーカーのACアダプタでは安全性の担保が難しいとの考えが機器メーカーの間で根強いことだ。これらの問題をどう克服するか。

図2 Green Plug社 SVP Sales and MarketingのPaul Panepinto氏
図2 Green Plug社 SVP Sales and MarketingのPaul Panepinto氏 (画像のクリックで拡大)

Panepinto氏 確かに,専用のACアダプタと比べれば変換効率は落ちる。だが,不使用時の待機時電力まで考慮に入れれば,全体として共通ACアダプタの方が消費電力は下がると考えている。

 一つの専用ACアダプタの待機時電力を0.5Wとして,これを4つ並べると,ACアダプタをコンセントに挿しているだけで常に2Wを消費してしまう。これに対して,我々が提唱する共通ACアダプタの待機時電力は全体で0.5Wほどになる。つまり,4つのACアダプタを1つの共通ACアダプタで置き換えれば,待機時電力は1/4に抑えられる計算になる。

 ちなみに,我々の共通ACアダプタには,個々のDC-DC変換器への供給電力を物理的にカットできる機能がある。こうした機能を含め,我々の制御マイコンによるきめ細かい電力制御を行うことで,ACアダプタの安全性は従来よりも向上する。

 電力変換効率の低下もある程度抑えることは可能だ。例えば,それぞれの出力端子に「携帯電話向け」「ノート・パソコン向け」と設定し,最適な出力電圧が異なるDC-DCコンバータをそれぞれ実装すればよい。ノート・パソコン向けの端子には,16~22Vで変換効率が最大となるDC-DC変換器を用いる,といった具合だ。

――共通ACアダプタの仕様を教えて欲しい。

Panepinto氏 我々の共通ACアダプタは,プラグからの交流電源を直流に変換するAC-DC変換器が一つと,その直流電源を個々の機器向けの電圧に変換するDC-DC変換器が端子の個数分,そしてDC-DC変換器に動作を指示する制御用マイコンが一つ,という構成を採る。我々はACアダプタに組み込む制御用マイコンを販売し,ACアダプタの設計・販売はACアダプタ・メーカーや機器メーカーが担う。

図3 共通ACアダプタの回路構成例
図3 共通ACアダプタの回路構成例 (画像のクリックで拡大)

 電源端子が持つピン数は5つを想定する。このうち,2つを電力出力用に,2つを機器側の専用ICとのデータ送受信用に,最後の1つを「接続」「非接続」の判別用に当てる。機器側の充電池がカラであっても,データ受信用のピンからの電力供給で,機器側の専用ICを駆動できるようにする。

 機器側に専用ICを導入するコストは,最終的には機器一台当たり25セント程度まで落とせると思う。我々は専用ICの通信プロトコルのみ策定し,実装の方法は機器メーカーにお任せする形だ。

――今では携帯機器を中心に,USB充電が可能な機器が増えている。これは,ACアダプタに相当するUSBホスト機器が社会に普及していたから可能になったことだ。Green Plug社は,共通ACアダプタをどのような戦略で社会に普及させるのか。

Panepinto氏 まず,専用ICを持たない既存の機器と共通ACアダプタを接続するための「スマート・ケーブル」を用意することから始める。スマート・ケーブル自身に専用ICを埋め込み,充電に必要な電圧/電流を共通ACアダプタに指示できる仕組みだ。

 この共通ACアダプタと,複数のスマート・ケーブルをセットにしたものを,高級ホテルや喫茶店に置いてもらう。これによりユーザーは,ACアダプタがなくても,ホテルの客室や喫茶店内で機器を充電できるようになる。加えて,同様のセットをオフィスの仕事場にも普及させる。机の下にあるACアダプタの束が不要になり,見た目にもすっきりするだろう。

 こうして共通ACアダプタがある程度普及したところで,機器メーカーに共通ACアダプタや,専用ICを埋め込んだ共通端子の採用を促したい。

 普及の難しさは承知している。だが,Green Plug社の創業者は,かつてVideo Electronics Standards Association (VESA) の共同設立者として,パソコン用ディスプレイ端子の共通化という困難に立ち向かい,見事に成功した。ACアダプタの共通化も必ず成功できる,と信じている。

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