一昔前は組み込み向けといえばMIPS系プロセサという時代があった。さらに,その前はRISCワークステーションといえばMIPS系プロセサという時代もあった。当時から比べると競争相手も増えたことで,最近では市場で苦戦しているように見える米MIPS Technologies社だが,最近も4コア製品を発表するなど同社の勢いは衰えていない。

 MIPS系プロセサの系譜は,1984年に創業されたMIPS Computer Systems社から始まる。1986年に「R2000」として知られる初の製品を出荷。次いでこれを改良した「R3000」の出荷を1988年から始めた。当初R2000は動作周波数8MHzで5MIPSという,最近の16ビットMCUにも劣る性能でしかなかった。ところがR3000では32Kバイトの命令/データキャッシュの搭載や5段のパイプライン構造の採用などによって性能を大幅に高めた。同プロセサは,80年代後半に登場したUNIXワークステーションに大量採用されている。これに引き続き1991年には,これを64ビット化した「R4000」を製品化。さらに32ビットのまま「R3000」の倍の性能を目指して開発した「R6000」も1992年に投入した。ところが,このR6000の開発はかなり難航し,その間にMIPS Computer Systems社は米Silicon Graphics社(SGI)に買収されてしまい,同社の子会社となった。


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 SGIはR4000の製品ラインを強化。スーパースカラ構造を採用した「R8000」および「R10000」を1994年に発売した。さらにR10000にアウトオブオーダ実行を追加した「R12000」を1998年に市場に投入している。その一方でR8000の廉価型「R5000」を1996年に発売した。MIPS Computer Systems社はこれらのプロセサのライセンス販売を行っていたが,それと同時にSGIのワークステーションで利用することも念頭においていた。ところが肝心のSGIの業績もこの頃から芳しくなくなっており,ハイエンド製品の需要が頭打ちになりつつあった。その一方で,組み込み向けの出荷は好調であった。そこで,SGIは子会社をスピンアウトさせ,1998年に同社はMIPS Technologies社として分離独立を果たした。

独立を契機にアーキテクチャを一新

 この分離独立にあたり,MIPS Technologies社はアーキテクチャを再編した。従来はR2000およびR3000を「MIPS I」,これを改良したR6000を「MIPS II」,MIPS Iの64ビット版を「MIPS III」,MIPS IIIの改良型を「MIPS IV」と定義していた。MIPS IとMIPS IIIがベースで,下位互換性を保ちつつ,命令セットと機能が増強したのがMIPS IIとMIPS IVだった。新しいアーキテクチャの体系では,「MIPS32」と「MIPS64」という2つの命令セットに改めて集約。これに拡張機能をオプションとして追加するという構造になった。MIPS32を採用したコアには「4Kファミリ」と「24Kファミリ」。MIPS64を採用したコアには「5Kファミリ」と「20Kコア」を用意した。

 4Kファミリには,「4K」「M4K」「4KE」「4KS」などの品種がある。4Kは,ベーシックな32ビットコア。構造的にはR3000に近い。さらにTLB MMUの有無,高速演算器の有無などによって「4Kp」「4Km」「4Kc」の3種類のコアがある。M4Kは,4Kのローエンドに当たる。わずか35Kゲートで実現されている。4KEは,4Kの高速版。ビットフィールド命令やベクタ割り込みのサポート,クロック・ゲーティングの粒度微細化,最大キャッシュ容量の引き上げとライトバックのサポートなどが主な相違点である。こちらも「4KEp」「4KEm」「4KEc」という3種類がある。4KSは,4KEにセキュリティ対策を施した製品。暗号化アクセラレータ命令(SmartMIPS ASE)をサポートする。4Kファミリは全部が一度に提供されたわけではなく,例えば4KSがリリースされたのは2003年の事である。