常識は疑うべき
日経Automotive Technology 2006年春号,pp.188-190から転載。所属,肩書き,企業名などは当時のものです。

 そうした中、EVの市販化を急ぐ必要がない三菱自動車は、Liイオン2次電池とモータという二つの要素技術の改良にじっくり取り組むことができた。

台湾行きが米国行きに

 もちろん、電池とモータの開発が順風満帆だったわけではない。Liイオン2次電池の難点として、過充電をすると発火の恐れがあることが挙げられる。もしEVで起きたら惨事につながりかねない。それがこれまでLiイオン2次電池をクルマへ応用することを阻んでいた要因の一つだ。吉田氏もそのことでは苦い経験を持つ。

 1996年1月、カリフォルニア州大気資源局(CARB)に納入予定だった「シャリオ・ハイブリッド」に使っていたLiイオン2次電池が、過充電で発火したとの知らせが吉田氏の元に届いた。その時吉田氏は、正月の休暇を台湾で過ごそうと、まさに家を離れる寸前だった。旅行の予定は急きょ、事後対策の旅に変わり、荷造りしたトランクはそのままカリフォルニアへと運ばれることになった。

 この事故をきっかけとして、もう二度と火災を起こすまいとの思いから、吉田氏は2次電池の正極材料をそれまでのLiCoO2(コバルト酸リチウム)から、より安全性の高いLiMn2O4(マンガン酸リチウム)に変える決心をした。この決断が、現在のLiイオン2次電池の開発につながるのである。当時の日本電池(現ジーエス・ユアサ・コーポレーション)と共同で、三菱化学の協力も得ながらMn系のLiイオン2次電池の開発に取り組み、これが後にFTO-EVでの24時間走行に結実する。

 Mn系のLiイオン2次電池は、発火の恐れがなく安全だが、Co系の正極に比べて充電容量が10~20%落ちてしまうのが難点だった。

 その後、Liイオン2次電池が発火するメカニズムの解析が進み、今日ではCo/Mn/Niの3元系の材料にLiMn2O4をブレンドするという独自製法を開発、発火の危険を抑えつつ2次電池容量を増大させることが可能になっている。その技術については、2005年秋の電池討論会で学会発表済みだ。充電容量は、同じ質量のNi-MH2次電池の2倍以上に達する。市販化へ向けた安全性確保のため、Liイオン2次電池を塩水に水没させたり、くぎを刺したり、押しつぶすなどの試験を実施し、いずれも問題ないことを確認している。

 三菱自動車がEV開発で的を絞ったもう一つの課題がインホイールモータである。

 「FTO-EVを製作した折、エンジンや変速機を下ろし、そこにモータを積もうとすると、空間がありすぎて固定に苦労しました。そんなにエンジンルームの空間が余るくらいなら、いっそインホイールモータにしようという気持ちになったのです」(吉田氏)

 インホイールモータとは、車輪の内側にモータを取り付け、ホイールと一体化した方式をいう。これによって車体の中心線から、パワーユニットやドライブトレーン、その他の動力性能に必要な一切の部品を排除することができる。インホイールモータのコンセプト自体は、既に1991年に開発された東京電力のEV「IZA」で採用されるなど、それほど目新しいものではない。小型高性能のモータを4輪それぞれに搭載することによって、単なるスペース節約以上のメリットが得られる可能性もある。