半導体メーカーにとって,車載半導体はパソコンやデジタル家電などの民生エレクトロニクス以外で初めて出現した巨大な半導体市場である。携帯電話機など民生分野では製品サイクルが数カ月から半年という場合が多く,開発期間や償却期間は短い。

 一方,自動車では平均4年ごとにモデルチェンジするのが一般的であり,製品寿命が10年以上になることも珍しくない。開発期間は5年と長いため,半導体メーカーは開発スケジュールの概念を変える必要がある。さらに,車種ごとのカスタム対応が多い,長期の在庫管理が必要,民生向け以上の信頼性が求められるといったように,開発手法や管理体制も従来とは大きく異なる。

 車載半導体は,パワー半導体のようなアナログ部品に分類されるもの以外は基本的に機構部品から独立したデジタル部品である。従来,自動車産業が扱ってきた部品と比べて,材料や外形寸法,製造工程など異なる部分が多い。機構部品の考え方が基盤となっている自動車メーカーには,車載半導体の開発を特殊だと感じるメーカーも少なくないだろう。

 加えて,車載半導体の進化速度は自動車における機能の進化速度に比べて速い。自動車の製品サイクルは5年以上が一般的であるのに対して,半導体は「ムーアの法則」に基づき,3年で4倍の集積度となり性能が向上する。車載半導体は製品サイクルが大きく異なる二つの産業のはざまに位置する。

車載半導体の開発事例に見る矛盾

 車載半導体は自動車の性能を決定付ける重要な部品であり,潜在市場も大きい。このため,車載半導体の設計や開発,製造を手掛ける電装品メーカーも現れてきた。

 デンソーは,2006年度に170億円を投資して工場を増設している。2005年の製造能力は150mmウエハーで2.3万枚/月であったが,2010年にはこれに加えて200mmウエハーを1万枚/月とする計画だ。増設する工場は主にECU用の車載半導体を製造し,ECUの需要増加に対応するという。「半導体の内製にこだわるのは,システムとしての提供価値に妥協しないためである。そのための部品を市場でタイムリーに調達できなければ,自らが半導体を設計して開発する。それが我々の仕事である。マイコンはCPUコアを内製開発し,自動車用に最適なカスタム品とする」(デンソー)4)

 これに対して,半導体メーカーが製造する民生機器向けマイクロプロセサの工場の多くは数十nmプロセスに対応しており,200mm以上のウエハーを用いるのが主流である注4)。半導体メーカーと比べて,デンソーの投資計画は大きく見劣りする。マイクロプロセサの製造には最先端の半導体製造技術を導入する方が利点は多いため,デンソーの設備投資は適切であるとは言い難い。

注4) Intel社は,マイクロプロセサの製造で65nmプロセス,300mmウエハーを採用している。さらに2007年10月には,45nmプロセスによる量産を開始した。

 自動車産業と半導体産業の両者で,十分な相互理解がないまま,おのおのが車載半導体に取り組んでいる事例はほかにも存在する。車載用スイッチの大手メーカーである東海理化は半導体工場に50億円を投資し,2007年中に0.12μmプロセスに対応する。最先端の微細化プロセスを採用しない理由として同社は「我々にとって微細化のインパクトは大きくない。例えば,システムの小型化は,機構部品の小型化で進める方がはるかに効果的」という5)。半導体が次々と機能を集約して,集積を繰り返してきた歴史を考えると,スイッチの基本構成が現在と同じままなのかという疑問が残る。

 同様の問題は特許の分野でも見られる。自動車用パワー半導体向けの材料として注目されるSiCの企業別特許公報(公告・特許)件数は,半導体メーカーが圧倒的に多い(図4)。しかし,自動車メーカーや電装品メーカーも独自に開発を進めているため,効率の良い分業体制となっていない。半導体産業と自動車産業の役割分担が極めて不明瞭である。

参考文献
1) 矢野経済研究所,『車載用MCUと半導体メーカーの自動車戦略2005』,2005年.
2) Noda, N.,“21st Century Cars and ICs,” Solid-State Circuits Conference,Digest of Technical Papers,pp.12─17,IEEE ISSCC 2000.
3) 電子情報技術産業協会編,『ICガイドブック』,日経BP企画,pp.225─228,2006年.
4) 原田,「内製エレクトロニクスで切り拓け!先進自動車」,『デンソーテクニカルレビュー』,vol.10,no.2,pp.1─2,2005年11月.
5) 三宅,「車載半導体の内製規模を倍増へ」,『日経マイクロデバイス』,2006年5月号,pp.18─19.

-- 次回へ続く --