米国特許庁は,特許申請件数が年々増大することにより,大量の申請が未処理のまま(2007年時点で約76万件)という問題を抱えている。そこで2007年,特許審査の効率向上を目的とした特許申請に関する新ルールを施行しようとした。しかし,バージニア州北部地区連邦地方裁判所は2008年4月,この新ルールは無効であるとの判決を下した。

 新ルールの大きな特徴は,特許請求項の数および分割出願の数に関する制約が含まれていることである。厳密に言えば,新ルールは特許請求項の数を絶対的に制限してはいない。しかし,規定数を超える場合,特許申請に含まれている各請求項に最も関連のある特許や文献に記載されている請求項の内容を示し,特許申請に含まれている各請求項がなぜその最も関連のある特許/文献に対して特許性があるのか説明を付け加えなければいけない。また,分割/継続出願の数も絶対的に制限されているわけではないが,規定数を超える場合,なぜその分割/継続出願が必要なのか説明しなければならない。

 このような新ルールを施行すれば,請求項や分割/継続出願の数が減り,特許審査の効率が上がるというのが特許庁の目論見だった。ところが,この新ルールは多くの問題をはらんでいた。

 複雑かつ高度な技術の発明の場合,特許の請求範囲を広くカバーしようとするために,特許請求項の数が多くなる傾向がある。そのような場合,新ルールによれば特許性に関する様々な情報を特許庁に提供しなければならない。しかし,米国特許法の下では,特許申請時および審査中に提示した情報は特許侵害裁判の際に特許請求範囲を狭く解釈することに用いられることが多いため,多くの情報を出すほど特許所有者にとっては不利に働く可能性が非常に高い。

 また,分割/継続出願の場合,分割/継続前のオリジナルの出願日を,分割/継続出願した特許に関しても主張できる。しかし,分割/継続出願に制約を設けられると,分割できなかった発明について発明者は例えば新たに出願するといった対応を採ることになる。その場合,新たに出願した日(オリジナルの出願日よりも遅い)がそのまま特許出願日となり,その時点までの公知例に対して特許性を示さなくてはならなくなる。結果的に,特許が成立しない可能性が,分割出願が認められた場合より高くなるだろう。

 そこで,製薬会社の英GlaxoSmithKline plc(GSK)が,新ルールは発明者の権利を実質的に損なうものであり,米国特許庁にそのようなルール施行の権限はないとして,バージニア州北部地区連邦地方裁判所に新ルール無効の訴えを起こした。裁判所はあらゆる点においてGSKに分があるとしたわけでないが,既に出願されているGSKの多くの特許申請に新ルールが適用された場合,GSKの権利が損なわれる可能性があるとして,新ルール施行に対して2007年10月,仮差し止め命令を下した。

 仮差し止め後,連邦地裁は差し止めを永久化すべきか,あるいは新ルールはやはり有効なのかという点を審理していた。この裁判の焦点は,新ルールがはたして発明者の権利に実質的に影響を与えるものなのか,あるいは単なる手続き上の改正なのかという点である。

 裁判所は,請求項数と分割/継続出願数に関して絶対的制限ではないまでもきわめて厳しいハードルを置くことは実質的に発明者の権利に影響を与えるとして,新ルールは現特許法に適合しない実質的な改正であると判断した。さらに,米国特許庁の権限に関して現特許法や議会の意向を分析した結果,米国特許法は特許庁での手続きについて規制する権限を特許庁に与えているが,現行法および発明者の権利を変える権限は与えられていないとした。したがって,権限のない機関が制定したルールは無効という判決になり,新ルールは永久差し止めとなった。

 米国特許庁が上告するかどうかは今のところ,不明である。