携帯電話機などに向けてシンクロナスDRAMやDDR SDRAMを低消費電力化したメモリ,いわゆるモバイルRAMは以前から存在しているが,最近になって組み込みシステムにも利用されるケースが増えてきた。モバイルRAMは,かつてはLow Power DRAMなどと呼ばれることもあった。なお,商品名にモバイルRAMを使う製品があるので,モバイルDRAMと呼ぶ場合もある。

 モバイルRAMは,2.5世代や第3世代携帯電話に対応する端末をターゲットとした製品である。第2世代の携帯電話に対応する端末でも32ビット・マイコンを搭載していたが,その内部構造は8ビットや16ビット・マイコンと同じくSRAM+フラッシュ・メモリという構成となっていた。ただし,第2世代対応機の後期あたりから,アプリケーションそのものが肥大化してきたため,SRAMの容量が不足気味になっていた。こうした状況を見込んで2001年ころから「携帯電話機に搭載できるDRAM」の検討が進んできた。その後JEDECで標準化なども行われ,2003~2004年ころにメモリ・ベンダーからの出荷が始まった。構造的にみると,モバイルRAMは既存のシンクロナスDRAMと非常によく似ている。ただし,省電力化を進めるために,以下に示す改良が加わった。

(1)3.0V,2.5V,1.8Vの電源電圧を選べる。一般に電源電圧が低いほど消費電力も下がる。
(2)PASR(Partial Array Self-Refresh)という機構を搭載した。これはメモリ・アレイのどの部分の記憶を保持しておくかを選べるもので,選ばれなかった部分にはリフレッシュを行わず,待機時の消費電力を低減する。
(3)TCSR(Temperature Compensated Self Refresh)という機構を搭載した。これは環境温度にあわせてリフレッシュ時間を調整するものである。例えば,温度が低い場合の待機時の消費電力を低減する。OTCS(On Chip Temperature Sensor)という温度センサをチップに配置し,TSCRをDRAM チップ自体で自動的に実行できる。
(4)DPD(Deep Power Down)モードを搭載した。通常のシンクロナスDRAMでは,待機中であってもmAオーダーのスタンバイ電流が流れて消費電力が増えてしまう。DPDを使うと,これをμAオーダーにまで削減できる。
(5)DS(scalable Drive Strength)機能を追加し,信号電圧を調整できるようにした。これにより,伝達に必要な最低レベルまで信号出力を落とせ,消費電力や雑音を減らせる。

 これらの改良点のほとんどは,待機時の消費電力低減を目指したものである。稼働時の消費電力削減に関係するのは(1)と(5)のみである。携帯電話機では待ち受け時間を延ばすことを重視するので,待機時の消費電力削減は重要だ。

 このモバイルRAMの考えをDDR SDRAMに適応した製品もある。区別のため,メーカーの中にはモバイルRAMを「Mobile SDRAM」,DDR SDRAMに適用した製品を「Mobile DDR SDRAM」と表記をするところもある。後者はDDR SDRAMにモバイルRAMの消費電力低減技術を導入したと考えれば間違いではない。加えて,DLL回路を省いている。DDR SDRAMやDDR2 SDRAMの場合,タイミング・マージンを広げる目的でクロック信号をメモリ・チップ内のDLL回路で受け,クロックのエッジ・タイミングを確定する仕組みを採る。しかしながら,DLL回路の消費電力は大きい。このため,モバイルRAMではDLL回路を省略することになった。従って,DDRSDRAMとはややアクセスのシーケンスが変わっている。

 今のところラインアップとしては,モバイルRAMのシンクロナスDRAM 版では動作周波数100(105)MHzと133MHzが一般的だ。中には66MHz品や167MHz品を用意するベンダーもある。モバイルRAMのDDR SDRAM版では200(210)MHz,266MHz,333MHzが一般的である。バス幅は16ビットや32ビットとなる。これらの仕様は,携帯電話機向けを考えれば順当な選択肢である。容量的には128Mビット(16Mバイト),256Mビット(32Mバイト),512Mビット(64Mバイト)の3種類が今のところの標準といえ,携帯電話機の多機能化に対応して1Gビット(128Mバイト)品をラインアップに加えるベンダーも少なくない。

 モバイルRAMは,携帯電話以外の用途にも次第に適用されつつある。特にARM社の携帯電話機向けCPUコア「Cortex-A8」などで標準的にモバイルRAMをサポートしたのも追い風といえる。価格という点では標準のシンクロナスSDRAMやDDR SDRAMよりもかなり高価である。ただし,大手DRAMベンダーはいずれもモバイルRAMの供給に力を入れているため,供給不足に陥る心配もなく,製品の互換性も高い。最近は携帯電話機以外の機器でも省電力性が求められることが多くなってきており,絶対的なシェアはまだ少ないものの,かなりの伸び率で市場が広がってきている。