EX-F1の外観
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EX-F1は本文中で説明した「スローライブ」以外にも「パスト連写」と呼ぶ撮影モードを備える。ユーザーがシャッター・ボタンを全押しする前に連写を始めるものだ。カシオ計算機はパスト連写関連で強い特許を持つという。なおEX-F1は,連写の途中でAF(オートフォーカス)とAE(自動露出),AWB(自動ホワイトバランス)を変えない。一枚目を撮った時点で固定する。被写体や撮影環境が大きく変化しないからだ。現状の連写期間は,600万画素/フレーム,60フレーム/秒の場合に1秒。今後,搭載するDRAMの容量を増やして連写期間を「仮に5〜6秒に延ばせばAFなどを連写途中に変える必要があるかもしれない。そのための技術は検討中」(同社)。図の出典はカシオ計算機のWebページ。
EX-F1は本文中で説明した「スローライブ」以外にも「パスト連写」と呼ぶ撮影モードを備える。ユーザーがシャッター・ボタンを全押しする前に連写を始めるものだ。カシオ計算機はパスト連写関連で強い特許を持つという。なおEX-F1は,連写の途中でAF(オートフォーカス)とAE(自動露出),AWB(自動ホワイトバランス)を変えない。一枚目を撮った時点で固定する。被写体や撮影環境が大きく変化しないからだ。現状の連写期間は,600万画素/フレーム,60フレーム/秒の場合に1秒。今後,搭載するDRAMの容量を増やして連写期間を「仮に5〜6秒に延ばせばAFなどを連写途中に変える必要があるかもしれない。そのための技術は検討中」(同社)。図の出典はカシオ計算機のWebページ。
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 カシオ計算機は何を意図してデジタル・カメラ「EX-F1」を作ったのか,商品企画を担当した中山仁氏(羽村技術センター 開発本部 QV統轄部 商品企画部 兼 第一開発部 部長)に聞いた。中山氏はカメラ業界を代表するトレンド・セッターで,「QV-10」から一貫して同社の商品企画を引っ張っている(聞き手=日経エレクトロニクス 大槻智洋)。

本記事の前編はこちら
※EX-F1の詳細な特徴や仕様は,同社のWebサイトを参照してください。

EVFも不要か?

―― 商品仕様の中でEVF(接眼して使う電子ファインダー)の性能が気になりました。表示画素数が20万と,EX-F1より安価な他社機種並みです。本体の大きさ(厚さ13cm)や重さ(電池を除いて671g)は,「違いの分かる人」が使うので問題にならないでしょう。しかしファインダーは,一眼レフ機が搭載する光学式相当の画質が求められるのでは。例えば表示画素数をハーフHD(約100万画素)ほどにする案はなかったのですか。

中山氏 EVFってどれくらい使うものでしょうか。メーカーによって考えに差がありますが,私たちはコンパクト・カメラに,もはや接眼して使うファインダーを積んでいません。EX-F1でもたいていの場合,ユーザーはEVFではなく液晶モニターを使うと考えています。だから必要最低限の性能を備えたEVFを選んだ。正直にいうと,開発の初期段階ではEVFを付けないつもりだったのです。

―― えっ!そうなんですか?

中山氏 はい。商品開発が大分進んでから,「EVFがないから買わない」という方が出てきてはならないと考え直してEVFを付けました。EVFに執着しない背景には,撮り方の変化があります。QV-10から13年近く経って,ユーザーの行動様式が変わったんですよ。

 かつてQV-10を説明なしに渡されたユーザーは「あれっファインダーはどこだ」と探したものです。ところが今は携帯電話機を含めて,液晶モニターを見て撮ることが当たり前。「写ルンです」を顔の前に掲げて「あれっ液晶モニターはどこだ」と探している人を見かけたことさえあります。ファインダーを積んだ機種がなくなるとは思えませんが,それはいずれ一部の一眼レフ機だけになるんじゃないでしょうか。

―― しかし,右目でファインダーを覗き,左目でフレーム外の動きを見ながらシャッターを切れる技を身に付けていると,良い写真が撮りやすいのですが…

中山氏 そうじゃないんですよ。なぜ,静止画や動画を純粋に楽しみたい消費者が,そんな技を身に付けなければならないのか。カメラの機能が不十分だからでしょう。本当は要らない技能を習得せずに済ます技術を,我々は開発すべきなのです。

普遍性のある必要を創造

―― 現行製品の改良にとらわれず潜在ニーズを掘り起こすわけですね。でも,これは本当に「言うは易く行うは難し」というものです。なぜ,それを会社は許すのでしょうか。

中山氏 ん~~~。「創造憲章」でしょうか。当社のもともとの経営理念をかみ砕いたもので,管理職は創造憲章に対する誓約書に署名し,手元に置いています。その第1章にはこう書かれています。「私たちは,独創性を大切にし,普遍性のある必要を創造します」。

 普遍性のある必要を創造という言葉はなかなか難しくて,こう解説されています。「誰にとっても必要でありながら,まだ世の中になかったものを,新たに生み出すこと。これは製品開発のみならず,すべての業務においてカシオが追求すべきものです」。

―― EX-F1とその要素技術の開発に,これほどピッタリな言葉はないかもしれません。でも,あえて伺います。こんな開発費がかさむ商品よりも,キヤノンとニコンが寡占するとはいえ,一眼レフ機を開発した方が収益を確実に見込めるのではありませんか。

中山氏 当社にそういう意見はほとんどありません。一眼レフ機の用途は,銀塩カメラの時代から本質的に変わっていない。相変わらずテクニックを要する。我々がやるべきは,誰でもきれいな画を,狙い通りに撮れること。そして,そこで使われる技術を生かして新しい高級機を生み出すことと考えています。

落としどころはフルHD動画

―― 営業担当者や流通業者の立場になって考えると,EX-F1は売りにくい商品のように思えます。同じような他機種がありませんから,「A社製品よりもここが良いですよ」といいにくい。社内で商品化に反対する声もあったのではないでしょうか。

中山氏 確かに営業現場に近づくほど,結局いくらで何台売れるのかが問われます。しかし,これだけ突き抜けた商品だと反対は少ないものですよ。もちろん企業として量を売るためには「比較表ベースの商品」もやらなきゃいけませんが,今回のEX-F1は違います。社長(オーナー一族でもある樫尾和雄氏)も商品企画も,他社品にない特徴を盛り込むことを第一に考えています。

 ただEX-F1は,これまでの延長線にない商品なので,販売の現場ではすぐに理解されないかもしれない。だから企画や開発に携わった人間が,自ら流通業者のバイヤーや現地の販社に説明に行かなければなりません。営業担当者に任せっきりにしてはならない。

 一方で企画・開発を担う者として,売りやすい商品に仕立てることも重要です。端的にいえば,消費者が一瞬で価値の高さを理解できる「営業トーク」を用意するのです。EX-F1では,それがフルHD動画(1080/60i)の撮影機能でした。フルHD対応のビデオ・カメラは10万円くらいしますから,EX-F1が備える豊富な静止画関連機能と合わせて考えれば,EX-F1は決して高くないと考えてもらえる。フルHD動画は,消費者だけでなく販売担当者にとっても価値ある機能なのです。

―― フルHD動画の画質はどうでしょうか。一般にレンズの解像力は,ユーザーがじっと1枚の画像を見つめるので,ビデオ・カメラよりもデジタル・カメラの方が高い。レンズの明るさについて,EX-F1は開放F値が2.7~4.6と良い部類に入ります。

中山氏 レンズに対する品質基準は静止画を念頭に決めていますから,ビデオ・カメラのものよりも優位かもしれません。ただし,EX-F1の主用途は静止画撮影。フルHD動画の画質は,ビデオ・カメラと遜色ない水準でよい。なお搭載したレンズは,今回搭載したソニー製CMOSセンサ向けに,当社が新設計しました(製造は社外)。撮像素子シフト方式の手ブレ補正機構も,中核のコントローラ部分を当社が設計しました。

―― 海外販売をどう考えていますか。例えば米国の消費者は価格志向がとても強い。加えて米国の大手量販店は,特徴を2~3個書き出したPOPをカメラに張り付けるくらいしかしてくれない。ヨドバシカメラやビックカメラのような懇切丁寧な商品説明は期待できません。

中山氏 米国での販売方法はまだ固まっていませんが,足掛かりになる流通業者は存在します。「カメラ流通」や「フォト流通」と呼ばれる企業は売上高が大手量販店より小さいが,商品をしっかり説明してくれます。

画素数はまず十分

―― EX-F1の有効画素数は600万であることをどうお考えですか。ほとんどユーザーの用途から考えて本来,これ以上の画素数はいらないはずですが,販売現場では依然として画素数が多い方が有利なようです。

中山氏 ほぼ同じ機能で同じ価格帯の機種を消費者が比較するならば,確かに画素数が多い機種の方が有利です。しかし,EX-F1は他にない特徴を数多く備えています。だから「600万画素だから買わない」という人は現時点でほとんどいないはずです。

―― CMOSセンサを設計したソニー側では当初,1200フレーム/秒(1フレームは336×96画素)の撮影モードを想定していませんでした。なぜ追加したのですか。

中山氏 理由は主に三つあります。一つは,高速度撮影に向けた工業用カメラが1000フレーム/秒前後を達成していたこと。これを超えたかった。もう一つは,1000を超えると「すんごい速い」と思ってもらえること。最後に,当初から用意されていた300フレーム/秒(1フレームは512×384画素)では撮れないシーンあったことです。

 誰もが思いつく高速度撮影の用途として,ゴルフのドライバー・ショットがあります。これを300フレーム/秒で撮ってもボールを叩いた瞬間をとらえにくかった。そこで撮りやすいフレーム速度を探り,1200フレーム/秒のモードを設けました。1フレーム当たり画素数はわずかですし,1フレーム当たりの露光時間が非常に短いので日が降り注ぐ屋外で撮る必要もありますが,「見えないものが見えた」面白さをユーザーに味わってもらいたいです。

―― 通常の静止画撮影における感度は結構高いのではないでしょうか。搭載したCMOSセンサの画素ピッチは2.5μmと広めです。

中山氏 ユーザーが設定可能なISO感度が1600であることからも分かるように「超高感度」とはいえません。もしCMOSセンサではなく製造技術がこなれたCCDで,この画素ピッチだったら超高感度になったでしょうが…。ただ,EX-F1ならではの高感度化技術を取り入れています。8枚の画像を合成するものです。これができるのも連写が速いから。ほとんど同じ構図の画像をたくさん撮れることを利用しています。

時の流れを遅くする

―― EX-F1は「スローライブ」と呼ぶ撮影モードを備えています。どんなシーンで有効でしょうか。

中山氏 スローライブは,動きの速い被写体をとりあえず撮ってみて,面白かったり美しかったりする静止画を選び出すために使えます。時間の流れを擬似的に遅くするモードといえます。一部の静止画だけを残すので,メモリ・カードの使用量を抑えられる利点もある。撮影間隔は1/30秒,撮影期間はDRAMの容量に限りがあるので2秒間です。

 使い方は簡単。ユーザーはモード・ダイヤルをスローライブに合わせて,シャッター・ボタンを半押しするだけ。撮り終えると,2秒間の映像が液晶モニターにゆっくりと繰り返し流れます。ユーザーは「これ」と思ったフレーム(静止画)が現れたときシャッター・ボタンを押すことで残す画像を決定できる。

―― 画像選択に,メニュー操作で使うセット・キーを用いなかったんですね。

中山氏 えぇ。「大事なシャッター・ボタンにシャッター以外の機能を割りつけるなんて」と考える方もいるかもしれませんが,スローライブでの画像選択は,旧来のシャッターを切るという行為にとてもよく似ています。シャッター・ボタンの方が自然に使えますよ。

 このほか使い勝手という点では,レンズの外装の一部を回す「ファンクション・リング」も面白い。光学ズーム倍率の設定に使えるのはもちろん,連写速度も決められる。最初は「カシャッ,カシャッ」とゆっくり連写して,決定的な瞬間が近づいた時に一気に「カシャカシャカシャカシャ」という具合に連写速度を引き上げて,欲しい一枚を撮れる確率を上げられます。

―― 画像処理の能力は従来のコンパクト機比で10倍と聞いています。どうやって達成したのでしょうか。

中山氏 何をどうやって必要な処理能力を得たのかという辺りはほとんど申し上げられません。ノウハウが詰まっていますから。ただ,既存の画像処理LSIを複数使って並列処理させたりはしていません。長期的に見てコストを抑えられるLSIを開発しています。

 CMOSセンサが吐き出す膨大なデータを適切に処理するのは大変でした。しかも動画の符号化にH.264を用いましたからね。ハードウエアの能力をフル活用するファームウエアを開発したり,LSIの熱を効果的に排出する部品の配置を探したりする必要もありました。費用はかさみましたが,高速連写機の商品化で先頭に立てました。これは厳しい競争環境を勝ち抜くために必ず役立つと信じています。

■追記(1/28 19:40)
米国の流通に関する記述に,誤解を招く恐れがあったため表現を修正しました。

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