連載の目次ページはこちら

 中国工場で管理職を務めていると,中国人の部下の結婚パーティーに呼ばれることがあります。これは工場外の中国人とコミュニケーションを取るチャンスです。工場では上司と部下という厳格な立場があるため,どうしても見えない部分というものがあります。しかし,結婚パーティーには部下の友人や知人などもたくさん集まるため,彼らとの会話から上司と部下という立場を超えた中国人と生のコミュニケーションを図れるのです。

 かつて私が製造部長として中国工場で勤務していたある日の夕方,会議から戻ってくると,私の机の上に赤い封筒が置いておりました。「請帖」と呼ばれるこの封筒は,さまざまな宴会に人を呼ぶ際に招待状として使われるものです。とても強い香水のついたこの袋を開けると,中から往復はがきほどの大きさの赤い手紙が出てきました。

「○月×日,龍泉酒家(仮名)にて,青剛雄(仮名)と陳涼(仮名)の披露宴をします」

 青さんは第3製造課の班長で,陳さんは品質保証部の検査員。工場で多忙な日々を過ごす適齢期の作業員たちは,工場が出会いの場となって社内結婚する割合が非常に高いのです。製造部門に赴任して初めて部下の結婚式に出席することになった私は,アドバイスをもらおうと社長に相談に行きました。

「社長,私の部下が結婚するということで,私も結婚披露宴の請帖をもらいましたが,どうしたらいいでしょうか」
「ああ,青さんと,陳さんの結婚式だろう?」
「そうです。どうして社長が知っているのですか」
「私のところにも,その請帖が来ているから」
「社長は参加されるのですか」
「ああ,最初の挨拶が済んだら失礼するつもりだが」
「ご祝儀はどうしたらよいのでしょうか」
「まあ,100~200元というところかなあ」

 中国の結婚式は,地域や民族によって非常に複雑なしきたりがあります。実にさまざまなので,日本人が参加する場合は,ご祝儀の額など具体的なことについては現地で確認した方がよいと私は聞いていました。しかし,シンセンの工場地帯では,どこか特定の地域や民族からではなく,実にさまざまな地域から複数の民族の人が出稼ぎにきています。そのため,何をどのように対応すべきかが分からないために,社長に相談に乗ってもらったのでした。

 ただ,招待する側もその点を理解し,工場内の人間を招待する結婚パーティーを正式な結婚披露宴とは分ける人が増えています。この結婚パーティーの場合,形式張ったものではなく,シンプルな食事会を開きます。このやり方に合わせ,ご祝儀は料理の値段分というのが相場となっています。

 いよいよ結婚パーティーの当日となりました。開催されるのは平日の夕食の時間。龍泉酒家は工場から徒歩で10分の距離。招待された製造部門の日本人の管理者は,みんなで連れだって歩いていきました。ラフな格好ということで,なんと作業着姿です。龍泉酒家に着くと,入り口のところでスーツ姿の青さんと,こぎれいなドレス(注:ウエディングドレスではない)を着た陳さんが私たちを迎えてくれました。

(陳さんって,こんなにきれいだったんだ…)

ただならぬ雰囲気の一団

 (次のページへ