不良の本当の原因は…

 いい加減に働いているならともかく,まじめに作業し,班長などの指導通りに作業をしているという易さん。それで不良が生じるというのは明らかに変です。私はもう少し内容を調べたいと考え,生産ラインに向かいました。そして,品質管理の報告書を引っ張り出してみると,確かに易さんが担当する工程で板ばねの変形不良が起きていることが記入されていました。それも,少しずつ毎日不良が発生しているのです。不良品の発生に規則性があることに疑問を感じた私は,品質管理の検査員に聞いてみることにしました。
 
「この報告書に『板ばねの変形』と書いてありますが,いつも同じように変形しているのですか?」
「いいえ,いろいろな変形があります。ほら,これもそうです」
 検査員は私に不良品のサンプルを差し出しました。
「ああ,確かに変形していますね。これはいつ発生した不良ですか?」
「今さっきです。今日は特に多く発生しています」
「今さっきって,どれくらい前ですか」
「1分ほど前ですが」
「えっ,1分前? あれ? 今作業しているのは,易さんではないはずですよね?」

 品質管理の検査工程から前に戻っていき,板ばねの取り付け工程までに配置された作業員は20人。1人当たりの持ち時間が15秒であるとすると,300秒,つまり,わずか5~6分で検査工程に流れてくることになります。しかも,板ばねの変形不良は1分前に見つかっている。易さんが班長に連れられて部屋に移動したのは1時間も前です。そう,この板ばねを取り付けたのは,易さんの作業を引き継いだラインアシスタントだったのです。

 ラインアシスタントによる作業でも不良が発生するということは,不良の原因が易さんにあると断定するわけにはいきません。これは問題です。私は不良の本当の原因を突き止めるべく,生産ラインを丹念に調べ始めました。しばらくして,板ばねが山のように積まれた部品箱を見つけました。原因は,この部品箱への積み方にありました。

 部品供給を担当する作業員が,部品箱に山盛りになるほど板ばねを投入した後,上から押さえ付けていたのです。一度にできる限り多くの板ばねを運ぼうとしたためでした。この押さえ付けた力で板ばねにさまざまな変形を生んでいたのです。不良品の発生時間に規則性があったのは,部品箱に詰め終えるたびに,この作業員が板ばねを上から押さえ付けていたからでした。

 真実が分かったからには,易さんを解雇するわけにはいきません。私は無実の作業員を解雇するという過ちを直前で回避できたことにホッとしながらも,新たな問題を抱えて頭を痛めていました。実は,中国では面子というものを非常に大切にします。確かに,今回の事件は作業員に落ち度はなく,本当は課長や班長の判断ミスだったわけですが,だからといって,管理職の判断ミスを追求し,作業員を無罪放免にすると,管理職の面子をつぶしてしまいます。序列を重んじる中国でこれを断行すると,他の管理職にも作業員にも今後に悪い影響を与える可能性があるのです。

 考え抜いた末に,私はある解決策を導き出しました。課長や班長には本当の原因を伝えるものの,易さんには伝えないことにしたのです。こうして課長や班長の面子を保ったまま,彼ら自身には判断ミスを反省してもらい,非公開の始末書を提出させました。そして,易さんには,これまでのまじめな勤務態度を讃えて,製造部長の温情という形で他の生産ラインに転属してもらうことにしたのです。苦し紛れの感は否めませんが,問題を小さく収めるには,これ以上良い解決策が見つかりませんでした。

 自分の部下だからといって,経験不足の中国人の管理者の評価や判断を100%信じるのは危険です。製造業ではやはり,現場で,現物を見て,現実的な判断を下すという「3現主義」をできる限り貫かなければなりません。部下の報告を丸のみし,現場を見ずに判断していたら,中国人の作業員を不当解雇させることにもなりかねないのです。日本人の管理者がこうしたことをしてしまったら,解雇された中国人の作業員の心に傷を残すだけでなく,日本企業に対する反感を彼らに植え付けてしまうことに注意すべきです。(次回に続く

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