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 中国工場の作業員には,入社後わずか数週間で班長になる人もいれば,数年間まじめに働いても検査員にすらなれない人もいます。中国で作業員が出世する際には,友人や同郷といった人間関係,すなわちコネが物を言う場合がありますが,もちろん,それだけではありません。早く出世するか,そうではないかの分岐点は「要領の良さ」にあるというのが,日本メーカーの中国工場で管理職を長年務めた私の経験です。次のような作業員がいました。

 入社後,まじめに働いて一人前の作業員に成長した白さん(仮名)に,ある日,一つのチャンスが訪れました。いつものように生産ラインで担当作業をこなしていると,班長の呉さん(仮名)が白さんを呼びに来ました。

「白さん,ちょっと会議室まで来てください」
「え? あ,はい…」

 突然の呼び出しを不思議に思いつつ会議室に行くと,そこに品質保証部門で主任を務める藩さん(仮名)が待っていました。

「あなたが白さんですね。急なことで驚くかもしれませんが,実は面接を行いたいのです」

 藩さんは現在の仕事について白さんにいくつかの質問をしました。これまでの白さんの勤務態度や作業に対する評価については,白さんの直属の上司からヒアリングを済ませているため,ここは最終確認という段階です。問題はないと踏んだ藩さんは,面接を終えると笑顔で白さんにこう言いました。

「来週からあなたは品質保証部門に配属されることになりました。検査員として働いていただきます。しっかり製品を検査してくださいね」
「はい! 頑張ります」

 これは白さんにとって初めての出世です。この中国工場において,品質保証部門は生産ラインで働く作業員が出世していく過程の第一関門となっていました。作業服の色が変わって他の作業員から尊敬の眼差しで見られることに加えて,給料は手当が付いて上がります。社内にほとんどコネらしいものがない白さんにとって,実力を認められた結果でした。

 翌週,出社した白さんは品質保証部門の部屋に向かいました。検査員としての勤務が始まるのです。品質保証部門の部屋は第二製造課の一番端にありました。壁には全生産ラインの品質状況のグラフが張り出されています。その隣の部屋には,製品を検査するための設備や,顧客から預かった製品サンプルなどがびっしりと並べられていました。

「あなたが白さんですね。これからの仕事を説明しますから,こちらへ来てください」

 周囲をきょろきょろ見回して落ち着かない様子の白さんにこう声を掛けたのは,新たな上司となった品質管理課の班長の簡さん(仮名)でした。

「それでは,これから品質保証部門の仕事の内容を説明しますから,しっかり覚えてくださいね」

 この会社の品質保証部門は,大きく三つの課に分かれていました。まず,生産ラインで造られる製品を全数検査する品質管理課。ここは「QC」と呼ばれていました。次に,すべての作業を終えて出荷を待っている製品から,抜き取り検査を行って出荷の可否を決める品質保証課。ここは通称「QA」です。そして,製品の仕様書通りに製品ができていることを確認するために環境試験などを行う,信頼性保証課です。ここの呼称は「QE」でした。

 今回白さんが配属されたのはQCでした。この会社では一般作業員が出世するためには,QCを経験することが必須となっており,その後,品質保証部のQAやQE,生産ラインの班長へといった道に進んでいくのです。

素早い検査のワケ