都市ガスは,多くの人々の暮らしを支える重要なインフラストラクチャの一つである。給湯や厨房における熱源,空調システムなど様々な便利な機能を家庭にもたらしている。その一方で,器具の取り扱いや管理が不適切だったり,器具に不具合があったりすると,都市ガスは重大な事故を招く。実は,こうした危険を極力排除し,人々が安心して都市ガスを利用できるようにするために,マイコンが一役買っていた。いま多くの家庭に普及しているガス・メーターには,マイコンを利用した安全機能が組み込まれている。今回は,このマイコン搭載ガス・メーターの開発や普及で業界をリードした東京ガスに,その仕組みやマイコン搭載ガス・メーター誕生の経緯などについて聞いた。

 首都圏を中心に都市ガスを供給している東京ガスによると,同社が設置しているガス・メーターの全数は約1002万台。「平成19年10月末現在で,そのうちの99.9%を占める約1001万台がマイコン搭載のガス・メーターです」(東京ガス導管部メーター統括グループ課長の中村充博氏)。

マイコン搭載ガス・メーター

図1 東京ガスが提供している
第2世代のマイコン搭載ガス・メーター
「マイコンメーターII NB型」

 同社が家庭向けにもっとも数多く展開しているのが「マイコンメーターII NB型」と呼ばれているマイコン搭載ガス・メーターだ(図1)。ガス・メーターの基本的な機能は,各家庭で使用したガスの流量を正確に計ることだが,さらに同機は大きく五つの安全機能を備えている。すなわち,(1)ガス漏れ警報,(2)継続時間オーバー遮断,(3)流量オーバー遮断,(4)感震遮断,(5)圧力低下遮断,である。

 (1)ガス漏れ警報は,微量のガスが30日間以上流れ続けるとガス・メーターに取り付けられた赤い表示灯が点滅し警告する機能だ。微量のガス漏れによる事故を防止する。(2)継続時間オーバー遮断は,ゴム管がはずれたりガス機器を消し忘れたりしたことによって,ある一定以上の時間にわたってガスが流れ続けるとガスを自動で遮断する機能だ。(3)異常に大きな流量のガスが流れたときに自動的に遮断する機能が,流量オーバー遮断。ガス栓の開けっ放しや,ガス管の破損による事故を防ぐための機能である。(4)震度5相当以上の地震を感知したときには,感震遮断機能が働いてガスを自動的に遮断する。(5)ガスの圧力が異常に低下したときにガスを自動的に遮断する機能が圧力低下遮断だ。圧力低下によって炎が消えた後に,圧力が復帰すると器具から火のついていないガスが放出されてしまうという事故を防ぐための機能である。いずれの自動遮断機能も,動作時には赤い警告灯を点滅させて知らせるようになっている。これらの安全機能を実現するために,マイコンが使われている。「安全機能を搭載しているガス・メーターは,世界でも珍しいものです。一部の地域では地震発生時に自動的にガスを遮断する機能を備えたメーターが使われていますが,ガス流量やガス圧の異常を検出する機能まで備えたメーターは,日本以外では見当たらないと思います」(中村氏)。

マイコン・システムがガス流量を常時監視

 NB型ガス・メーターは,二つのケースを上下に重ねた構造になっており,内部の空間が上下二つに完全に分離されている。下ケースにはガス流量を計測するための機構系が組み込まれており,ガスはこの中を通って家庭内のガス器具に供給されている。マイコンを中核にした安全機能を提供するシステムは,上ケースの中にある(図2)。

図2
図2 ガス・メータの上部(上ケース内)に組み込まれたマイコン制御基板

 上ケースには,マイコンや表示用の赤色LED,マイコンに電源を供給するリチウム電池,電池電圧の監視回路などが実装されたマイコン制御基板,流量センサー,感震器(震動センサー),圧力スイッチ,ガスの遮断弁などが組み込まれている(図3)。流量センサー,感震器,圧力スイッチの出力をマイコンに入力し,これらの入力信号に応じてマイコンが遮断弁を制御してガスを遮断したり赤色LEDを点灯させたりする。ここで,感震器は一定以上の震動を検出したとき,圧力スイッチはガス圧が一定以下になったときに,信号を出力する。つまり感震遮断と圧力低下遮断の機能を支えているのが,これらのデバイスだ。

図3
図3 マイコン搭載ガス・メーターの回路ブロック図

 流量センサーは,磁気を近づけると導通するスイッチの一種。下ケースに収められた流量計測用の機構系の動きを検出するために使う。このセンサーの出力を使ってマイコンがガス流量,ガス流量の変化,使用時間などを常時監視し,継続時間オーバー,流量オーバー,ガス漏れなどの異常を検出すると,表示灯を点滅させると同時にガスを遮断する。「ガス器具の使用状況に応じたガス流量や,その変化パターンに関するデータを大量に蓄積していました。異常を検出するためのアルゴリズムは,このデータに基づいています」(中村氏)。

 マイコンがガス流量を検出する仕組みは以下の通り。下ケースに組まれた機構系は,ガス流量にしたがって常時動いており,ガス流量が増えると早く動き,ガス流量が減ると動きが遅くなる。この動きを検出するために下ケースに機構系と連動して一定の軌跡上を動く磁石が組み込まれており,この磁石が軌跡を一周するたびに上ケースに取り付けられた流量センサーの下を通過する。磁石が通過するときに流量センサーが導通するので,一定時間内に導通する回数をカウントすることによってマイコンがガスの流量が検出できるわけだ。「わざわざこうした仕組みを使っているのは,安全のために電気回路が収まった上ケースとガスが流れる下ケースの空間を分離するためです」(中村氏)。

1980年代に登場したマイコン搭載ガス・メーター

中村 充博氏
東京ガス 導管部
メーター統括グループ課長
中村 充博氏

鈴木 守氏
東京ガス 導管部
メーター統括グループ課長
鈴木 守氏

 マイコンメーターII NB型の展開が始まったのは1986年のことだ。実は同機はマイコンを利用した安全システムを搭載したガス・メーターの第2世代品にあたる。最初の機種「マイコンメーターI型」が実用化されたのは1983年のことだ。マイコン・ガス・メーターは,すでに20年以上も前から実用化されていたわけだ。「マイコン搭載ガス・メーターの開発は,当時の東京ガスのトップの号令で始まりました」(中村氏)。この背景には,1980年ころになると,アルミサッシが多くの家庭に普及し,家の機密性が高まってきたことなどから,ガス漏れが発生したときの危険性が高まっていることを懸念する業界関係者が増えてきたことがあった。しかも,ちょうどこのころ国内で大規模なガス爆発事故が発生したことから,世間でガスの安全性を問う機運も高まってきた。そこで,「電気のようにガスにも“安全ブレーカー”を設けたい」という当時のトップの考えで,安全機能を備えたガス・メーターの開発が始まったという。

 第1世代のメーターは,同社と松下電器産業が共同で開発した。このとき前例がなかったことから多くの問題に直面したという。その中で技術的な問題の一つが電源である。計量法に基づく国家検定を受けなければならないガス・メーターは,検定有効期間が10年と定められていることから,10年に一度は交換することが前提になっている。ただし,この間の10年間はメンテナンスなしに稼働するようにしたかった。つまり,電池交換なしで10年間は動き続けるように設計しなければならなかったわけだ。「第1世代機を開発した当初は,専用の電池を開発せざるを得なかったようです。マイコンも低消費電力を追求した専用デバイスを開発しました」(中村氏)。設計者を悩ませたもう一つの問題が使用環境だ。ガス・メーターは取り付ける場所や使用する地域によって環境が大きく変化する。「温度変化によって水滴が付着するなどの問題が発生する恐れがあります。そこでマイコン制御基板の上面は樹脂で封止しています」(中村氏)。

ガス事故が大幅に減少

 安全機能を備えたマイコン搭載ガス・メーターが実用化されてから,都市ガスにまつわるガス事故は大幅に減っているという。東京ガスでは,さらに安全性を高めるために,マイコン搭載ガス・メーターの改良に取り組んでいる。その一つが第2世代品と並行して展開している「マイコンメーターIII NI型」。第2世代品をベースに通信機能を追加した機種だ。通信機能を利用して遠隔操作でガスを遮断したり,ガスの使用状況を確認したりできる。さらに,超音波センサーを使って流量を検出する新型ガス・メーターの提供も始めている。「超音波センサーを使うことによって,ガス流量の検出精度が向上します。このセンサーを搭載したメーターを発展させれば,一段と高精度かつ緻密な対応ができる安全対策が実現できるでしょう」(東京ガス導管部メーター統括グループ課長の鈴木守氏)。いまや,マイコンの用途は多岐に広がっている。その中でも人々の生活を絶え間なく見守り続けているマイコン搭載ガス・メーターは,もっとも重要な用途の一つだといえよう。