この工場で管理者を務めていた私は,ある日,「作業員が1人,3日間連続で休んでいる」という連絡を受けました。その作業員は方さん(仮名)という21歳の女性。この工場から200kmほど離れた農村から働きに来ていました。心配になった私が上司に報告すると,部下の女性社員と一緒に方さんの家に見舞いに行くように命じられました。

 家に着いて呼び出すと,方さんはパジャマ姿のまま出てきました。見るからにやつれている感じです。

「大丈夫ですか,方さん。病院には行ったのですか?」

 私がそう聞くと,彼女は弱々しい声でこう答えました。

「すみません。お金がなくて,病院に行っていないのです」

 これは大変だと思った私は,すぐに彼女をタクシーに乗せ,近くの病院へと急ぎました。しかし,驚いたのはその病名です。なんと,彼女は「栄養失調である」と診断されたのです。ろくに食事を取っていなかったのが原因でした。

 確かに,方さんの給料は高くはありません。しかし,いくら何でも食事に困るというほどではありません。彼女の給料(月給)の手取りは約600元。ここから宿舎費用として150元,工場の昼食代として50元を負担するため,400元ほどで生活していました。実家に仕送りする必要がなかった方さんは,これでも他の作業員よりも自由にできるお金が多い方でした。病院で点滴を受けて少し元気を取り戻した彼女は,私にこうなった経緯を話してくれました。

 きっかけは携帯電話機を購入したことでした。方さんは友人や交際している彼から,頻繁に連絡が取れるからと携帯電話機を持つことを勧められました。彼らから「お金をチャージした分だけしか携帯電話は使えないので,使いすぎることはない」「ショートメールを使えば,かなり安い費用で通信できる」といった情報を得て安心した方さんは,それまで頑張ってためた貯金をはたいて800元もする携帯電話機を購入し,電話番号と通話料がセットになったカードを200元で購入しました。

 しかし,中国の携帯電話は着信時にも費用が掛かります。また,登録地の外に出ると,発信や着信とともにローミング費用が別途掛かる仕組みになっているのです(注:最近では,着信が無料となる契約もあるようです)。こうした情報を知らなかった方さんは,料金を気にせずに携帯電話機を使い続けました。その結果,あっという間にチャージした200元はなくなってしまいました。

 また,せっかく購入した電話番号も,3カ月の間,残高ゼロのまま放置しておくと契約がキャンセルされて使えなくなってしまう仕組みとなっていることも,方さんは後から知りました。そのため,彼女は残高がゼロになるたびに50~100元といったお金をチャージし続けました。また,格好のコミュニケーションツールを手にしたことから,友人や彼と会う機会も増えて交際費がかさんでいったのです。

 中国には,お金があまりなくても,友人の前では気前よく振る舞わなければならないという文化や習慣があります。そのため,方さんは本来生活費にすべきお金をどんどん携帯電話や交際費につぎ込むことになってしまいました。その結果,食事も満足に取れなくなり,栄養失調で倒れてしまったというのです。

 作業員にアンケートしてみると,作業員が携帯電話に掛ける平均的な費用は,本体が1カ月分の給料と同額で,通信料は1カ月当たり100~200元といったところ。一昔前にはなかった携帯電話機の普及が,作業員の生活に重くのしかかっていることは間違いありません。次回へ続く

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