ソニーが開発したヘッドホン型のスピーカー・システム「パーソナルフィールドスピーカー」。製品コンセプトや高音質化に向けた工夫などについて,前編で開発者に聞いた(前編記事)。後編は実用化に至るまでの経緯などを,音響設計を担当した同社 オーディオ事業本部 第3ビジネス部門 1部 ACC担当部長の山岸亮氏と,メカ設計を担当した同社 オーディオ事業本部 第3ビジネス部門 1部 2課 シニアエンジニアの山口恭正氏に尋ねた。

――開発に着手したのはいつごろですか。

山岸氏 2年ほど前になります。ふと思い付いて,バスレフ方式を使う当社のスピーカー「SRS-AX10」を持ち出してバスレフ部分に短く切ったストローを取り付けてみました。音を聴いた瞬間,「これでできた」と思いましたね。それからは,音質のさらなる向上や小型化と共に,ストローのような突起部が付いたスピーカーをいかに簡単に頭部に装着できるようにするかという点も課題になりました。

――どのように課題を解決したのですか。

山口氏 高音質と高臨場感の効果を最大限に引き出すためには,耳の前方に正しくスピーカーを配置しなければなりません。ダクトの出口も外耳道に近づける必要があります。頭頂から耳までの距離や耳の形状は人によってさまざまです。必然的に,頭頂から耳まで,そして耳の付け根から外耳道まで,それぞれの距離を調整できる機能を設けなければなりません。稼働部が多くなる分,形状は大きくなりがちです。何度か試作を繰り返し,簡単に装着でき,かつ稼働部の大きさが気にならない形状を模索しました(図1,2,3)。

山岸氏 ダクトの形状も変更しました。筒状のダクトをそのままスピーカーに取り付けるのでは耳が傷付く危険性があるので,ダクトを曲げました(図4)。曲げ部分に開口部を設け,その曲げ部分を外耳道に近づけるようにしています。詳しくは話せませんが,ダクトを曲げる工程には手を焼きました。ダクトの長さや内部形状を設計しても,曲げた際にダクトが歪んで内部がつぶれることで設計通りに出来上がらないことが続きました。

山口氏 そのほかの加工や組み立ての技術にも気を配っています。バスレフ方式のスピーカーは,音漏れがあるだけで効果は弱まります。1/100mmのすき間さえ許されないといえるでしょう。これには,防水イヤホンや車載カメラの設計の経験が生きました。防水イヤホンは完全にシールドしないと,すぐに水漏れが発生してしまいますからね。車外に取り付けるカメラは,水分が入り込むとレンズが曇ります。今回はダクトとバスレフ部の接続部にゴムのパッキン(Oリング)を使っていますが,この発想は車載カメラの経験から来たものです。

――そもそも,どうしてストローを取り付けてみようとしたのでしょうか。

山岸氏 もともと私はヘッドホンの開発に従事し,その後スピーカーの開発に移りました。その経験があったので,今回の開発に至ったといえるでしょう。最近,インナーイヤー型という,ダクトを耳の穴の中に差し込むヘッドホンが増えていると思います。インナーイヤーのように,音の出力部を耳に近づけるほど低音の音質が高まることは経験的に分かっていました。

――今回,かなりの工夫を施していますが,盛り込めなかったことはありますか。

山岸氏 あえて言えば,スピーカーに接続するケーブルでしょうか。オーディオ信号を通すケーブルでは,高音質を求めるとなると編み込み形状の品種を使っています。パーソナルフィールドスピーカーでも編み込み形状のケーブルを採用したかったのですが,スピーカー・キャビネットとの接続部に大きなすき間が生じることからあきらめました。すき間が生じることで,かえって音質が低下してしまうためです。

図1 プロトタイプ初期
図1 プロトタイプ初期
[画像のクリックで拡大表示]
図2 改良後のプロトタイプ。スピーカー部が小型になり,頭部への装着用の稼働部を2カ所設けた。
図2 改良後のプロトタイプ。スピーカー部が小型になり,頭部への装着用の稼働部を2カ所設けた。
[画像のクリックで拡大表示]
図3 完成品
図3 完成品
[画像のクリックで拡大表示]
図4 ダクトの形状
図4 ダクトの形状
[画像のクリックで拡大表示]