第4回は,米MedImmune, Inc.と米Genentech, Inc.の係争を取り上げる(最高裁の資料)。ライセンシ(ライセンスを受ける側)がライセンス料を支払いながら特許無効の訴えを起こすことが可能かどうか,という点で注目を集めた事例だ。

 医薬品メーカーであるMedImmuneは同業のGenentechから申請中特許を含む複数の特許のライセンスを受けていた。このうち契約後に発効したある特許について,Genentechは特許そのものが無効であると判断した。しかし,契約に違反してライセンス料を支払わなかった場合,Genentechから特許侵害を訴えられて故意侵害の損害賠償を負う可能性があるので,問題の特許に対してもライセンス料は支払っていた。リスクを避けるために,ライセンス料を支払い続けながら特許無効の訴えを起こす策を採ったのだ。

 ここで問題になるのが「係争性」という概念だ。裁判所に訴えるためには,そこに論争すべき「実際の問題」があるかどうかを示さなければならない。しかし,ライセンス契約に基づいてライセンシがライセンス料を支払っている限り,法律上の問題が実際には何も起きていないことになり,論争すべき「実際の問題」を示すことは難しい。

 このため,ライセンシがライセンス対象の特許の無効を裁判所に訴えたいなら,「実際の問題」を提起するためにライセンス契約を打ち切ったり破ったりするしかないのが実情だった。それに対してライセンサ(ライセンスを与える側)が特許侵害を訴え,それをトリガーとしてライセンシがライセンス料不払いの正当性を示すために特許無効の訴えを起こす,という流れだ。つまり,特許侵害の賠償を請求される危険を冒さなければ,ライセンシは特許無効を訴えることができなかった。

特許の有効/無効が「実際の問題」に

 MedImmuneの訴えも,地裁では「係争性がないため裁判所の管轄にない」として却下され,控訴裁も地裁判決を支持した。ところが2007年1月9日,最高裁は,ライセンシは「ライセンス料の支払いを停止しなくても特許無効の訴えを起こすことは法律的に可能」との判決を下した。最高裁は,ライセンス契約は継続しないと特許侵害で訴えられる恐れがあるとして,ライセンス契約を継続していても,特許が無効かどうかという点が論争すべき「実際の問題」であるとした。

 特許の有効/無効が明確にならないとライセンス契約が妥当なものかどうかわからない以上,判決は妥当と思われる。ただし,特許保有者にすれば,厳しい司法判断になった。ライセンス契約を結んだからといって安心はできなくなったわけである。最近の判例により,特許が有効と認められるためのハードルが高くなってしまった現在,ライセンシからいつなんどき特許無効の裁判を起こされ,ライセンス契約が無効とされるかわからない時代になってきたといえる。発明者の防御策としては,基本的なことではあるが,無効とされない強い特許を申請することが大事ということだろう。