図1 アジアのイノベーション促進策を議論するフォーラム「Asia Innovation Initiative(AII)」が,2007年6月にホテルオークラ福岡で開催された
図1 アジアのイノベーション促進策を議論するフォーラム「Asia Innovation Initiative(AII)」が,2007年6月にホテルオークラ福岡で開催された
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 「もはや半導体業界で『何をすべきか』の議論は尽くされた。『どのように実行するか』に焦点を当てるべきだ」(日興シティグループ証券 株式調査本部 ディレクターの金澤洋平氏)

 2007年6月6日,元・ソニー 代表取締役社長の出井伸之氏が率いるコンサルティング企業「クオンタムリープ」ら3社が,アジアのイノベーション促進策を議論するフォーラム「Asia Innovation Initiative(AII)」を開催した。

 第一回となる今回のテーマは「技術系ベンチャーの支援・育成」と「半導体業界の活性化」である。中でも後者のテーマでは,国内の論理LSI事業の生き残り策について,現役の経営者から元経営者,アナリストらが集結し,激論を交わした。以下,半導体に関わる二つのセッション「アジアの半導体事業の再編」「半導体産業のロードマップ」から,議論の概要を紹介する。

もはや合併・買収では競争に勝てない

 日本の論理LSI事業に関わるパネリストは,米Texas Instruments社といった海外企業と比べた利益率の低迷に対して,強い危機感を共有していた。日本の論理LSI事業が生き残るためには,何をするべきなのか。冒頭の金澤氏の言葉通り,パネリストの間ではほとんど意見が一致していた。具体的には,以下の4点である。

(1)ASSP型プラットフォーム・ビジネスを手掛ける。顧客の要求の違いはソフトウエアで吸収する。
(2)開発する製品分野を得意分野に絞り込む。
(3)売上高の60%以上が日本企業向けという国内依存体質を変え,海外市場に進出する
(4)今後,何らかの形で業界を再編する

 このうち,パネリストや会場の関心が集中したのが(4)の業界再編の行方である。どのような再編が起こるのか。実際に半導体企業の経営に関わるパネリストの多くは,論理LSI企業の合併や買収を伴う再編には否定的だった。

 エルピーダメモリ 取締役 執行役員 CTOの安達隆郎氏は,DRAM事業における経験をもとに,同じ製品を手掛ける半導体企業が合併・買収することの難しさを語った。「エルピーダメモリの場合,(プロセス技術の統合を巡る,技術者の勢力争いなどで)会社の運営が2年ほど停滞してしまった。昔ならともかく,スピードが速い今の半導体業界で,2年の停滞は致命傷になりかねない」(安達氏)。論理LSI企業の合併・買収についても,同じようにプロセス技術をめぐる確執で失敗する可能性は高いというわけだ。

 安達氏は,今後,半導体メーカーに合併・買収が起こるとすれば「メモリ企業と論理LSI企業といった,異なる事業分野を持つ企業同士になるだろう」と予測する。

 合併や買収といった,いわゆる「ハードな再編」を指向せず,プロセス開発の提携といった「ソフトな再編」で十分に規模の利益が得られると主張したのが,米IBM Corp. Alliance & Strategy Business, STG DirectorのRonald Soicher氏である。「(ハードな再編で)会社の名を変える必要はない。我々のコンソーシアム(IBM社,米AMD社,米Freescale社,独Infineon社,Samsung社,シンガポールChartered Semiconductor Manufacturing社など)の規模は,今やIntel社よりも上になった。開発ツールや部材,製造装置などを共同購入できるメリットは大きい」(Soicher氏)。

ファブレス型やファブライト型への転換はあるか

 合併や買収に並ぶ,もう一つのハードな再編策として,論理LSI事業を垂直統合型からファブレス型,あるいは小規模の生産設備を残すファブライト型へと変換することがある。

 「日本はファブレス企業の育成に力を入れるべきだ」と主張したのが,TSMC社の創業者であるMorris Chang氏である。「日本の半導体業はこの20年,世界で20%ほどのシェアを失った。その20%のシェアを今,20年前には影も形も無かったファブレス企業が占めている」(Chang氏)。日本はファブレス事業に踏み込まなかった分,大きなビジネス・チャンスを失ったと主張したわけだ。

 ソニー コーポレート・エグゼクティブ エグゼクティブ・ヴァイス・プレジデント 半導体事業グループ本部長の眞鍋 研司氏は,「ソニーはファブライトへの道を歩む。既存のファウンドリー事業に製造の一部を任せてはなぜダメなのか」と,垂直統合にこだわる他のパネリストに問いかけた。事業をファブレス型,ファブライト型に転換すれば,自社の強みとなる製品の設計に開発資源を集中できる。なまじ生産工場を持つと,生産ラインの稼働率を高めるため,強みではない分野にも貴重な開発資源を割く必要に迫られてしまう。

日本でファウンドリー事業を興すには

 ファブレス型やファブライト型を指向する上で最大の問題は,現存する製造部門の扱いである。論理LSI企業を経営した経験を持つパネリストは,半導体メーカーが共同で独立ファウンドリー企業を立ち上げる「共同ファブ」構想の復活には否定的ながらも,異なる手法でファウンドリー事業を展開できる可能性は残っているとした。

 NECエレクトロニクス 取締役執行役員常務の山口純史氏は「TSMC社やUMC社が手掛ける,論理LSIの汎用プロセスの分野では,もはや勝ち目はない」としつつ,特定用途向けのファウンドリー事業はあり得ると主張した。「例えば,国内の自動車向けにマイコンを供給するファウンドリー企業を作れば,ビジネスが成り立つ可能性はある」(山口氏)。

 ルネサス テクノロジ 相談役の長澤紘一氏は,日の丸ファブが頓挫した原因として,同業企業の協議から独立ファウンドリー企業を立ち上げる手法に無理があったと指摘。その上で「投資ファンドが国内のプロセス技術者を集めて,ゼロからファウンドリー企業を立ち上げる手法なら有り得る」(長澤氏)とした。

図2 「半導体産業のロードマップ」のパネル・セッション。左から順に,モデレータを務めるドイツDeutsche Bank AG, Hong Kong Branch, Hong Kong SAR, Managing Director, Vice Chairman, AsiaのPeter Tsao氏,パネリストの米Silver Lake Partners, Managing DirectorのKenneth Hao氏,米IBM Corp. Alliance & Strategy Business, STG DirectorのRonald Soicher氏,エルピーダメモリ 取締役 執行役員 CTOの安達隆郎氏,STマイクロエレクトロニクス 代表取締役社長 兼 本社上級副社長のMarco Cassis氏,韓国Samsung Electronics Co., Ltd., Semiconductor R&D Center, Executive Vice President and General ManagerのWon-Seong Lee氏である
図2 「半導体産業のロードマップ」のパネル・セッション。左から順に,モデレータを務めるドイツDeutsche Bank AG, Hong Kong Branch, Hong Kong SAR, Managing Director, Vice Chairman, AsiaのPeter Tsao氏,パネリストの米Silver Lake Partners, Managing DirectorのKenneth Hao氏,米IBM Corp. Alliance & Strategy Business, STG DirectorのRonald Soicher氏,エルピーダメモリ 取締役 執行役員 CTOの安達隆郎氏,STマイクロエレクトロニクス 代表取締役社長 兼 本社上級副社長のMarco Cassis氏,韓国Samsung Electronics Co., Ltd., Semiconductor R&D Center, Executive Vice President and General ManagerのWon-Seong Lee氏である
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図3 「アジア半導体事業の再編」のパネル・セッション。左から順に,モデレータを務めるドイツ証券 マネージング・ディレクター 調査部長の佐藤文昭氏,パネリストのルネサステクノロジ 相談役(前会長兼CEO)の長澤紘一氏,NECエレクトロニクス 取締役執行役員常務の山口純史氏,ソニー コーポレート・エグゼクティブ エグゼクティブ・ヴァイス・プレジデント 半導体事業グループ本部長の眞鍋 研司氏,東芝セミコンダクター社 半導体研究開発センター センター長の古山透氏,日興シティグループ証券 株式調査本部 ディレクターの金澤洋平氏である
図3 「アジア半導体事業の再編」のパネル・セッション。左から順に,モデレータを務めるドイツ証券 マネージング・ディレクター 調査部長の佐藤文昭氏,パネリストのルネサステクノロジ 相談役(前会長兼CEO)の長澤紘一氏,NECエレクトロニクス 取締役執行役員常務の山口純史氏,ソニー コーポレート・エグゼクティブ エグゼクティブ・ヴァイス・プレジデント 半導体事業グループ本部長の眞鍋 研司氏,東芝セミコンダクター社 半導体研究開発センター センター長の古山透氏,日興シティグループ証券 株式調査本部 ディレクターの金澤洋平氏である
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