YouTube,MySpace,Google Video,Gyao,Yahoo!動画――。現在,インターネット上で人気を博するこうした動画配信サイトでは,その多くが動画の再生時のフォーマットとして米Adobe Systems Inc.の「Flash Video(FLV)」形式を採用している。AV機器の分野で「MPEG-2」や「MPEG-4 AVC/H.264」といった一種の標準規格に準拠した技術が普及しているのとは対象的に,いつの間にかWebの動画ではAdobe社が着々と地歩を築き始めている。

 このFLV形式の映像コーデックを開発し,Adobe社にライセンス提供しているのが,1989年創業の映像コーデック技術のベンチャー企業 米On2 Technologies, Inc. である。今回,On2社のCEOおよびCTOが来日,日経エレクトロニクスは同社の展望についてインタビューを行った。


On2社 President & CEOのBill Joll氏(左)と,CTOのEric L. Ameres氏(右)。

 世の中には独自の映像コーデックを開発する企業は多い。On2社が特徴的なのは,Adobe社(旧米Macromedia社)というWebの世界で大きな影響力を持つ企業に採用してもらうことで,標準規格のお墨付きがない独自コーデックを一気に普及させることに成功した点だ。

 実はAdobe社のFLV形式の映像コーデックは,現在,「Sorenson Spark」と「On2 VP6」(Tech-On!関連記事)という2種類の方式が市場で混在している。Flash Playerのバージョン7まではSorenson Sparkと呼ぶH.263ベースのコーデックが採用されていた。WWWサイトのユーザーがコンテンツを投稿する,いわゆる「UGC(user generated contents)」分野で最大手のYouTubeも,まだこのSorenson Sparkコーデックを利用している。

 これに対し,2005年8月に登場したFlash Player 8からは,On2社が独自開発したコーデックであるOn2 VP6が推奨方式として採用された(On2社の発表資料)(On2 VP6の採用理由について説明したAdobe社の技術者のブログ)。既存のSorenson Sparkコーデックの映像もFlash Player 8で再生可能ではあるものの,映像をエンコードするオーサリング・ツールの側では,Flash Player 8向けにエンコードする場合,基本的にはOn2 VP6コーデックがデフォルトで選択されるようになった。現在,UGCの配信を手掛けるMySpaceがOn2 VP6ベースのFLV形式を採用しているほか,SkypeおよびAOL IMのビデオ・チャット機能などにOn2 VP6が採用されている。

 YouTubeがサービスを開始したのが2005年12月。その後,2006年に入ってから,YouTubeの成功をキッカケにUGCが一躍注目されるようになった。On2社のVP6が旧Macromedia社に採用されたのは,こうしたUGCが盛り上がる前の2005年7月。あたかも現在のUGCやWeb2.0ブームを見越してFlash Video への採用に狙いを定めたかのように見える。だが,On2社 President & CEOのBill Joll氏によると「コーデックとしてはもちろん満足できるものを作ったつもりだが,Macromedia社にVP6が採用されたのはラッキーだったともいえる」とのことで,必ずしも戦略的取り組みの成果というわけではないようだ。

 実際,On2社は過去には各種標準化団体に対し自社コーデックの採用を積極的に働きかけていた。例えば,2002年にはストリーミングの標準仕様を策定する業界団体「ISMA(Internet Streaming Media Alliance)」に対し,オープンソースとしてアルゴリズムが公開されている同社のコーデック「On2 VP3.2」を採用するよう書簡を送付したことなどがある。

組み込み分野に狙いを定める

 Flash Videoという時流の技術で一躍,独自コーデックを普及させたOn2社だが,次の狙いは組み込み分野だという。Webの分野で現在の地歩を築く以前から,On2 VP6コーデックは中国発の次世代DVD規格「EVD(Enhanced Versatile Disk)」に採用されるなど,一定の評価は得てきた。例えばEVDでは,H.264と同程度といわれるOn2 VP6の圧縮率を生かして,現行のDVDの光学系を維持したまま,HDTV映像の格納を可能にしている。今後は携帯電話機の分野に重点を移しつつあるようだ。

 現在,携帯電話機ではNTTドコモやKDDIが,「Flash Lite」と呼ぶ組み込み機器向けのFlash Playerを自社の端末に組み込んでいる。ただし,これらはFlash本来のベクター画像の再生を目的にしたものであり,Flash Videoの再生には対応していない。Adobe社は2007年2月,携帯電話関連のカンファレンス「3GSM World Congress」にて,組み込み機器向けFlash技術の新版「Flash Lite 3.0」を発表(発表資料),いよいよ組み込み分野でもFlash Videoの普及に本腰を入れ始めた。

 Flash Lite 3.0はFlash 8の技術を基にしており,On2 VP6コーデックを採用する。組み込み機器の分野でも,インターネット上に流布するUGCの動画をフルブラウザで閲覧するためにFlash Videoへの対応が需要として芽生えており,携帯電話機にOn2 VP6コーデックが実装されつつあるわけだ。Adobe社によると,2007年後半にはFlash Lite 3.0に対応した携帯電話機が出荷される計画という。

 以下,来日したOn2社 President & CEOのBill Joll氏,およびCTOのEric L. Ameres氏への一問一答である。(聞き手=進藤 智則)。