株式会社アクアビット
代表取締役 チーフ・ビジネスプランナー 田中 栄

 本連載ではこれまでに、デジタル・ネットワーク産業において中心となる「デジタル・テレビ」「カーナビゲーション」「パソコン」「携帯電話」という4つのデバイスが、デジタル・コンバージェンスによって、どのように変化していくかを大まかに説明してきました。今回は、4つのデバイスに共通するデジタル・コンテンツとサービスの行方について触れてみたいと思います。

 インターネット上のデジタル・コンテンツ/サービスとして、ポータル・サイト、検索エンジン、音声サービスから保険、金融、ショッピングに至るまで、さまざまなものが存在することはすでにご存じでしょう。現在のトレンドは、「これまで実店舗などリアルな世界で行っていたビジネスをインターネット上で展開する」ことで、その進展が新たなマーケットを作ってきました。このことによって、分野によってはリアルなビジネスが消滅してしまったり、逆にインターネットとの相乗効果によって拡大したりしています。今後は、この流れに加え、代表的なサービスやコンテンツが様々に「デジタル・コンバージェンスした形」で発展していくと予想できます。ここでは、その代表的なものをいくつか挙げてみることにしましょう。

 まず、検索エンジンがあります。ネットワークの普及によって、検索エンジンとEコマースが合体したアフェリエイトのような新しいカテゴリーのサービスが続々と出てきます。これはデジタル・コンバージェンスの最たるものと言えるでしょう。現在は、Yahoo!やGoogleといった大手がこの分野で勢力をもっていますが、今後、インターネットが携帯電話機やカーナビといったパソコン以外の機器で本格的に使われるようになれば、それに適した検索エンジンも必要になってきます。

 さらに、ブロードバンド化に伴って、コンテンツも変わってきます。今までは文字と写真が中心でしたが、これからは音声や動画のコンテンツがどんどん増えていきます。そうなれば、音声や動画に特化した検索エンジンも必要になってくるでしょう。動画がEコマースで活用されるようになれば、動画コンテンツに関する検索エンジンの重要性はさらに高まっていきます。音楽や音声に関しても同様です。情報量が急速に増えるにしたがって検索エンジンはさらなる進化を迫られ、発展を遂げていくことになります。

 検索エンジン同様、SNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)も進化していくでしょう。現在、ミクシィに代表されるSNSは同好会、コミュニティといった捉えられ方をされていますが、今後は仮想空間化された「場所」に発展していくと予想できます。こういった現象は、すでにMMORPG(massively multiplayer online role playing game)といったオンラインゲームの中では起こっています。そこでは、1つのゲームをフックに、同好者同士のコミュニティが形成されており、一種のソーシャル・ネットワーク・サービスのような役割を果たしているのです。最近、注目の「セカンドライフ」はその典型例と言えるでしょう。このように、コミュニティは仮想空間の中でビジュアル化し擬人化していくのです。


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 ここで見逃せない重要なポイントは、コミュニティそのものが企業にとって大きな資産になっていく可能性があるということです。なぜなら、コミュニティは、「結婚をしたい人たちが集まるコミュニティ」「就職活動をしている学生同士が集まるコミュニティ」など幅広く、それぞれが属性を持っているからです。関連する企業にとって、これほど魅力的な場所はありません。21世紀の企業の価値が、「優秀な人材をどれだけ抱えているかによって左右される」ということを考えても、決して無視することができない存在となっていくことは明らかです。

 こうした展開によって、2015年ごろにはインターネット広告がテレビ広告を追い抜いていると予想しています。従来、情報発信を担うのは、テレビやラジオ、雑誌などを主宰する一部の人たちに限られていました。しかし、インターネットによって誰でも情報発信ができるようになりました。Web2.0と呼ばれるブログや動画配信を使い、素人であるにも関わらず1日に何万件ものページビューを集めるカリスマもすでに出現しています。動画配信やデジタルラジオによる音声配信など、パソコンとネットワークさえあれば、誰でも簡単に自分で番組を作り、配信できるようになってきています。こういったセミプロによるコンテンツこそが、2010年以降のデジタル・ネットワーク社会を支えていく重要な要素になっていくのです。各業界からは、こういったコンテンツ発信者の社会的な影響力を利用しようという動きも出始めています。広告のあり方が、ネットによって大きく変わろうとしているのです。今後は、「テレビ局や雑誌社にマーケティングは任せる」といったこれまでの方法とはまったく異なる手法が、既存手法と組み合わされたかたちで急増していくでしょう。

 コンテンツ・ビジネスという視点で見たときには、今後急成長が予想されるものがいくつかあります。その筆頭が「教育」でしょう。少子化は大学をはじめ小中学校、高校、塾にとって非常に重大な問題となってきています。そこで、設備投資などのコストをできる限り抑えつつ、より多くの学生に学んでもらうための手段として、ネット利用が注目されそうです。教育を1つのコンテンツとして捉え、ネットワークを使って広く配信していく方法です。

 このほかに「情報エージェント・サービス」も期待できます。先ほど「検索エンジンは、今後、文字だけでなく動画や音声なども対象となっていく」と予想しましたが、情報量が急速に増えていくにしたがって、欲しい情報へのアクセスが困難になっていきます。そのため、例えば、既存の不動産や自動車の中古販売のエージェントのように、欲しい情報を自分に代わって探し出してきてくれて、きちんと整理して提供してくれるような情報エージェント・サービスへのニーズが高まっていくと考えられるわけです。グローバル化に伴って、「翻訳サービス」も急速に伸びていくでしょう。現在は文字ベースですが、今後は音声の翻訳へと進化していくはずです。  

 もう一つ、私たちが『未来予測レポート デジタル産業2007-2020』で大きく取り上げたものとして「コンシェルジュ・サービス」があります。現在、日本は所得階層が2極化、3極化していますが、最近は新貴族層とも呼ぶべき層、年収1億円を超えるような会社員が目立つようになっています。こういった富裕者層に向け、今後、どのようなサービスを提供していくかが課題になるでしょう。今までのような、一億総中流時代とは全く異なる、質の高いコンシェルジュ・サービスの提供が必要になってきているのです。それを実現するための人材育成が急がれます。実際、クレジットカード会社や銀行、ホテル、航空会社などはすでに富裕層を狙ったビジネスを始めています。こういったコンシェルジュ・サービスが、リアルとネットワークの両面で活性化していくことは間違いないでしょう。


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 このほかにも、近未来に出現しそうな新たなサービスは数多くあります。例えば、「バーチャル(仮想)旅行」。ネットワークの本質は、空間における距離を縮めることです。「お金も時間もないので実際に行くことはできないけれど、それでもパリやニューヨークに行ってみたい」といった願望は誰にでもあるものです。それに応えるかたちで、ネットワークを使ってバーチャル空間を含め、いろいろな場所に自由に移動できるようなサービスが、ごく近い将来に登場すると予想しています。行くだけでなく、そこで記念写真をとったり、誰かと会って話をしたり、お土産をどっさり買い込むことも技術的には可能になるはずです。

 ロボットも、翻訳技術などを組み合わせることによって、2020年までには商用サービスが始まっていると予想できます。「デジタル・アーカイブ」というビジネスも出てくるでしょう。これは、絵画などの芸術作品や国宝、顕微鏡でしか見ることができない微細なものなどを超高精細な3Dの映像データとして残していくというものです。この最大のメリットは、複製を簡単に作ることができるという点にあります。例えば、正倉院に保管されている国宝などは、滅多に公開されることがありません。しかし、それをデジタルデータ化することによって、実物は保存状態の良いところに保存しておき、複製を展示するといった対応も可能になります。タレントや往年のスターなども3D映像として残しておけば、若かりし頃のデジタルデータを使ってCMや番組を作るといったこともできるようになります。

 このように、デジタル化とネットワーク化によってもたらされるデジタル・コンバージェンスは、多くの産業を巻き込み、やがては全産業をデジタル産業へと収斂させていくことになります。そこでは業界の垣根は消え、さまざまなプレーヤによって、従来の枠組みでは分類できないような新サービス、新ビジネスがどんどん生み出されていくでしょう。それらが旧来の世界、ビジネスをことごとく破壊し、新たな世界を出現させるのです。その世界がどのようなものであるか。それを知らずにビジネスを進めることは、海図もコンパスも持たずに航海に乗り出すようなものでしょう。今という時代ほど、未来を読み、的確な未来像をイメージすることの巧拙が問われる時代はないのです。

本稿は、日経BP社が発行した『未来予測レポート デジタル産業2007-2020』(田中栄・西和彦著)に収録したDVDの要約と同レポートの本文中に掲載した図版の一部によって構成したものです。『未来予測レポート デジタル産業2007-2020』の詳細については、こちらをご覧下さい。

著者プロフィール

田中栄
1966年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。株式会社CSK入社。社長室企画部にて、故・大川功会長の独自の経営理論や経営哲学を学ぶ。1993年、草創期のマイクロソフト株式会社に入社。WordおよびOfficeのMarketing責任者として「一太郎」とワープロ戦争を繰り広げ、No.1ワープロの地位を確立。1998年春よりビジネスプランナーとしてマイクロソフト日本法人全体の事業戦略・計画立案を統括。2002年12月、独立のため同社を退社。株式会社アクアビットを設立。