「ああ,疲れた。本当に疲れた」

 宿舎に帰ってきた白さんは,今まで経験したことがない作業とストレスでフラフラです。その様子を見て,範さんが声を掛けます。
 
「白さん,今日は本当に疲れたでしょう。大丈夫?」
「はい,とても疲れました」
「私もあのコンベヤラインに初めて来たときには,大変辛かったのを覚えています」
「そうなんですか? とてもそうは見えませんけど」
「もともと,あのコンベヤラインで流れる製品は,第二製造課と第一製造課で分担して生産していたものでした。ところが,あるお客さんからの発注が急に止まった影響で,現場の仕事が少なくなってしまいました。そのとき,製造部長が課長たちを集めて,今後の対応を検討したのです」
「そのことと範さんの仕事にどのような関係があるのですか?」
「製造部長が出した結論は,少ない人数で生産数量をアップさせるというものでした。そこで,製品の生産をすべて第一製造課に集約し,徹底的に効率を追求することになったのです」
「それで,作業時間が15秒になったのですか」
「そうなんです。そのころ,私は第一製造課にいて大型の製品のねじ締め作業をやっていました。でも,急に作業員が辞めてしまって,今のコンベヤラインに配置換えになったんです。そのときは,本当にもう地獄のようでしたよ」
「へえ,範さんにもそんなときがあったのですか。私は範さんの作業があまりにもすごくて,とても人間業ではないと思っていました。範さんのようになるには,一体どれくらいの時間がかかるのでしょう?」
「それほど時間はかかりませんよ。2週間もすればできるようになりますよ」
「えっ,2週間?!」
「ええ」

 こうした具合に,先輩作業員から後輩作業員へと仕事以外のさまざまな有益な情報が伝わっていくのです。

 日系メーカーの中国現地工場では,情報の扱いが非常に重要になります。私は,さまざまな情報をすべての作業員にできる限りオープンにするように努めていました。作業員たちに広まる風説をコントロールするためです。

 例えば,効率やスピード向上を追求して生産ラインが止まると,負荷の高い作業を強いられていると感じた周囲の作業員が基点となり,作業員の間に風説が流れることがあります。しかし,こうした場合に,なぜ効率やスピード向上を図らなければならないのかについて合理的な理由を作業員に説明します。また,競争力を高めるために,会社側はできる限り効率やスピードをアップすることを狙ってはいるものの,決して現場の作業員を疲弊させたいわけではなく,必要であれば作業員を増やす考えもあるといったことを,包み隠さず伝えるのです。

 こうした情報を伝える際にも,先輩作業員が助けてくれます。会社の事情をよく知っているベテランの作業員が,経験が浅く,誤解から会社に対して不満を持っている作業員に噛んで含めるように説明し,誤解を解いて不満を解消してくれるのです。

 白さんは,優秀で面倒見のよい範さんからさまざまなサポートを受け,日々作業が上達していきました。そして,2週間でベルトコンベヤの作業時間内で仕事がきちんとできるようになったのです。こうして白さんは,範さんを目標に優秀な作業員へと成長していくのでした。

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