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 配属の決定後,再び数日間の教育を施された中国人の作業員たちは,いよいよ現場で仕事をし始めます。私が所属していた日系メーカーの中国現地工場では,新人である作業員に対して行う現場指導に二つの方法がありました。一つは,新人作業員だけで構成する生産ラインをつくり,製品をゆっくりと流しながら作業を一つずつ教えていく方法。もう一つは,通常の生産ラインで先輩作業員とペアになって作業を覚えさせる方法です。

 どちらの方法が優れているということはなく,個々の作業員の能力や生産ラインの状況に応じて,適した方法を選んでいました。いずれにせよ,この現場指導は非常に大切です。熾烈な価格競争を勝ち抜くには,生産コストを徹底的に減らさなくてはなりません。そのために,私たちの工場の生産ラインは極限まで改善を重ねていました。こうした生産ラインにおいて,新人作業員がちょっとムダな動きをしたり作業ミスをしたりすれば,生産ラインに仕掛品が発生してしまいます。すると,あっという間に,各工程の周囲は仕掛品であふれ返り,とんでもないことになってしまうのです。

 新人作業員の現場指導で力を発揮するのが先輩作業員です。それまでいくら丁寧な教育を受けたとしても,やはり,現場で優れた作業を間近に見て覚えていくことが,一人前になるために必要になります。こうした現場指導について,新人作業員の白さん(仮名)と先輩作業員の範さん(仮名)の例を紹介しましょう。

 白さんが配属されたのは第一製造課。工場勤務は初めての経験で,見るものすべてが新鮮です。白さんが担当することになったのは,ねじを取り付ける工程。流れてくる製品を受け台にセットし,ある部品を製品に押さえ付けて4本のねじで締結するというものでした。

 生産ラインには,1時間当たり240個の製品が流れています。そのため,一つの製品に割り当てられた作業時間は15秒しかありません。中国ではベルトコンベヤを使った生産ラインのことを「流水線」と呼びます。確かに,作業員たちが素早く処理して製品を組み立てていく様は,水が流れるかのようです。

 早速,白さんは先輩作業員である範さんの横につき,範さんがどのように作業をこなしているか見学し始めました。範さんは優秀な勤務態度と作業品質を認められ,次に品質管理部門へと異動することが決まっていました。そこで,範さんはこの工程を白さんに引き継ぐように指示されていたのです。

 範さんの作業は流れるように進みます。左側から流れてきた製品を左手で取りると,そのまま受け台にセット。と同時に,部品とねじをつまみ上げ,部品を製品に付けて電気ドライバでねじを締めます。まるで,ねじが電気ドライバに吸い付くかのような見事な手さばき。一瞬のうちに4本のねじを締結したかと思うと,右手のドライバと製品を持ち替え,ベルトコンベヤに戻します。そして,製品を戻すと同時に,左手で次の製品をつかんで受け台にセットしているのです。

 範さんのこの素早い作業をしばらく見た後,白さんにも受け台や電気ドライバなど作業に使う道具一式が渡されます。そして,白さんも見よう見まねで作業を開始します。もちろん,初めからうまく作業ができるはずがありません。そのため,白さんの後ろに班長やラインアシスタント(作業員を手伝う班長候補生)が付き,丁寧に白さんに作業の仕方を指導します。それでも当初は,極限まで詰められたコンベヤラインの作業時間に間に合うはずがありませんから,白さんの作業スピードでは間に合わない分は,範さんが代行して生産ラインに遅れが生じないように処理するのです。

 大切なのは,こうした現場指導だけではありません。むしろ,生産ラインを離れた宿舎での先輩とのコミュニケーションの方が,新人作業員の意欲を左右するといっても過言ではありません。ほとんどの作業員が出稼ぎで,会社が用意した宿舎に住んでいるため,仕事が終わった後も先輩作業員とコミュニケーションを取る機会がたくさんあるのです。

寮での先輩のフォローが新人の意欲を左右