従って,新人である作業員の配属先が,いきなり品質保証部門になることはあり得ません。それなのに,配属を発表する場に,品質保証部門の事務員がいるというのは明らかに変です。おかしいなと思っていると,生産管理課の課長の口から,何と2人の作業員が品質保証部門へ配属されることが発表されました。

「ちょっと待って。どういうことか説明してください!」

 配属の発表が終わってすぐに,私は生産管理課の課長をつかまえて,その理由を問いただしました。

「いや,その…。あの作業員2人は,特別に優秀だからということで,そう決まったのです」
「特別に優秀? その話は品質保証部門の部長は知っているのですか?」
「いえ,課長同士で決まった話なので…」

 彼の回答に疑問を持った私は,品質保証部門の部長のもとへと確認に走りました。すると案の定,部長はその件を知らず,2人の作業員が「特別に優秀」であるという話もウソであることが分かりました。直ちに,私は製造部門の課長と品質保証部門の課長を呼び付けました。そして,すぐに新人の作業員たちの配属決定を取り消し,代わりに経験を積んだ優秀な作業員を品質保証部門に配属させるように命じました。

 これで一件落着と思っていると,それから半日が過ぎたころ,総務部の女性社員が私を尋ねてきました。

「あの,お願いがあるのですが。今日,配属先を変えられた2人の作業員を,なんとか品質保証部門へ配属してもらえませんか」

 ぶしつけにこう訴える彼女はかなり必死の形相。「なるほど,おかしな配属決定の“黒幕”はこの社員か」とピンときた私は,彼女にきっぱりと言いました。

「お願いも何も,会社の決まりは決まり。特別な配慮を認めたら収拾がつかなくなりますから,絶対にダメです」

 それでもしつこく食い下がる彼女に,最後には私も突き放しました。

「もう,しつこい! ダメなものはダメです!」

 ところが,それでも彼女はあきらめませんでした。今度はその工場を持つ日系メーカーの現地法人の社長を引っ張り出してきたのです。そして,あろうことかその社長が彼女に加担したのでした。

「1人2人の作業員の配属くらいなんとかしてやれ!」

 その社長の言葉に対し,私は「社長は彼女と一体どのような関係があるのですか」と言いそうになるのを懸命に抑え,こう返しました。

「すみませんが,一応そういう取り決めになっています。それを曲げると,あとでほかの作業員たちが文句を言いますので」
「君も分からんやつだなあ」

 社長はそう言い捨てて,その場を立ち去りました。翌日,製造部門の課長が私のところへやってきて,こう愚痴をこぼしました。

「もう少しで品質保証部門に入れそうだった新入社員の2人ですが,よその部門に取られちゃいましたよ」
 
 まるで私のせいだと言わんばかりの口調です。

 あの2人の作業員と,生産管理課の課長,総務部の女性社員,現地法人の社長。彼らの関係が本当はどのようなものであったかは定かではありません。しかし,こうしたコネが社内の人事に反映されているかもしれないと,日系メーカーは常に疑っておく必要があると言えるでしょう。

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