図1 スクラッチリペアの開発を担当したNECパーソナルプロダクツ PC事業本部 開発生産事業部 モバイル商品開発部 主任の佐藤英勝氏
図1 スクラッチリペアの開発を担当したNECパーソナルプロダクツ PC事業本部 開発生産事業部 モバイル商品開発部 主任の佐藤英勝氏
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図2 スクラッチリペアを施した天板を真鍮ブラシで傷を付けようと試みた。しかし,すぐに傷が修復されるために,傷の画像をカメラで捕らえることはできなかった。
図2 スクラッチリペアを施した天板を真鍮ブラシで傷を付けようと試みた。しかし,すぐに傷が修復されるために,傷の画像をカメラで捕らえることはできなかった。
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 NECとNECパーソナルプロダクツが2007年1月30日から順次販売を開始した個人向けパソコンの最新機種「LaVie」。全23機種ある中で,ひときわ異彩を放つ製品が,ノート・パソコン「LaVie GタイプJ」である。この中に,浅い擦り傷が付いた塗装表面を瞬時に復元する「スクラッチリペア」というコーティングを,天板に施した品種がある。同社らの直販サイト「NEC Direct」限定で販売するこの品種は,通常のコーティングを採用した同等品に比べて約1万円高い。それにもかかわらず,同サイトで販売されるLaVie GタイプJ(光ディスク装置を搭載する品種のみ)の出荷数量のうち、実に60%強を占める。
 このスクラッチリペアをパソコンに施すに至った経緯や実現に向けた苦労を,塗装の開発を担当したNECパーソナルプロダクツ PC事業本部 開発生産事業部 モバイル商品開発部 主任の佐藤英勝氏に聞いた。

――なぜ,「擦り傷を復元する」という機能をパソコンに採用することになったのでしょうか。

佐藤氏 そもそもノート・パソコンの高付加価値化を目指し,表面に光沢をもたせたクリア塗装を施すことを考えていました。光沢をもたせる塗料を探し始めたときに,「世の中にはキズが治癒する塗料があるらしい」という話を耳にし,2005年10月ころから採用に向けた開発に着手しました。クリア塗装の手段は既にあったのですが,傷が付きやすく,かつ目立ちやすいという欠点があったためです。

 当社が狙っていた製品コンセプトのノート・パソコンの筐体に,光沢を持たせること自体が容易ではありませんでした。高付加価値化を目指したノート・パソコンは強靭さを併せ持たせることが前提条件だったため,天板には強度が高いマグネシウム合金を使うことは必須だったからです。このマグネシウム合金が曲者でした。もともと鋳造で成形していることもあり,鋳造後の表面に小さな穴があったり,焼き付きによる黒ずみが出るなど,塗装に行き着くまでに下地層を何層も重ねる必要がありました。しかし,下地層を塗っても,表面にはうねりが残っており,うまく光沢が出ません。そのため,マグネシウム合金ではわざと塗装の中にビーズを入れ,表面をザラザラに仕上げることで,うねりを見えにくいようにしていることが多いのが実状です。我々は,光沢を出しにくいマグネシウム合金を使いながら,光沢のある塗装を施すといった矛盾を解決し,かつキズを復元する課題に挑戦しました。

 開発に当たり,擦り傷を復元できるクリア塗装を社内で理解してもらうのにも苦労しました。強靭さをウリにするノート・パソコンの天板は,塗装面の硬度が4Hとかなり硬くなっています。表面を強くすることで,傷自体が付かないようにするためです。社内で新しい塗装を紹介すると,まず「硬度はいくつ?」と聞かれるくらい,塗装面を硬くすることは常識になっていました。それに対し,今回のクリア塗装面は硬度が2Hしかありません。「表面を硬くして傷を付きにくくする」という従来の考えに対して,「表面は柔らかい。だが,付いた傷を修復できる」という逆の発想を認めてもらうのは大変でした。

 この逆転の発想というものは,パソコンの世界では過去にも出くわしたことがあります。ノート・パソコン本体の電源コネクタが好例です。電源コネクタ部分は「グリグリ」と動かされたりするなど,外部応力が頻繁に加わります。それによって,プリント基板上に実装する電源回路の電気的な接続部分が壊れる問題がありました。外部応力に耐えるため,電源回路をより強力にプリント基板に固定する方法があるのですが,固定の強度に製品間でバラつきが出る可能性があります。その逆の発想が,ケーブルを使って電気的に接続を取る方法です。ケーブルを使うことで,応力を吸収してしまおうというものになります。あえて今回のスクラッチリペアを例えるならば,この事例が該当するでしょう。

 効果を認めてもらうため,スクラッチリペアを施した見本を何枚か用意して,社内の関係者に見せて回りました。真鍮ブラシを使って塗装表面をわざと傷付け,それが直る過程を見てもらうためです。百聞は一見にしかず。真鍮ブラシで付けた傷がみるみるうちに治る光景を目の当たりにすると,皆の目が変わりました。社内の感触はよく,「これはすばらしい。ぜひやってみよう」ということになり,採用に向けた作り込みを始めました。ただし,これが苦労の始まりになったとも言えるのですが・・・。

――どのようなコーティング材料を選んだのでしょうか。

佐藤氏 コーティング材料を選定するに当たり調査したところ,大きく3種類ありました。(1)治癒時間,つまり付いた傷が修復するまでに必要な時間が数時間以上と長いが,硬度が高いもの。(2)硬度が若干低いが,治癒時間が数分と短いもの。そして,(3)硬度がさらに低く,治癒時間が数秒,あるいは瞬く間に直るものです。(1)から検討を始め,(2)に移り,最終的には(3)を選びました。

 どの材料もバネのように柔軟な分子構造の伸縮を利用して,傷を修復します。これらの材料は,外部応力が加わると分子が縮まり,応力の印加がなくなると元の状態へと戻っていきます。塗装面が切断されない限り,傷を修復する機能を保てます。スクラッチリペアではクリア塗装を20~25μm程度施しました。この数値は一般的なクリア塗装とほぼ同等です。

 いずれの材料でも,マグネシウム合金に塗装する場合には,プライマー層という下地層を2層重ね,次にカラー塗装(今回の製品ではブラウン),その上にクリア塗装という順番です。つまり,マグネシウム合金上に4層塗り重ねています。

後編に続く)