デジタル・カメラ「DSC-G1」の外観。カメラの筐体を横にスライドすると,前面にレンズが現れる。
デジタル・カメラ「DSC-G1」の外観。カメラの筐体を横にスライドすると,前面にレンズが現れる。
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同様にスライドさせたときの背面。撮影に関連したボタンが現れている。液晶パネルの画素配列はカメラではまれなストライプ型。ちらつきや色にじみを抑えられるという。
同様にスライドさせたときの背面。撮影に関連したボタンが現れている。液晶パネルの画素配列はカメラではまれなストライプ型。ちらつきや色にじみを抑えられるという。
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ユーザーはアルバムを手動で分割できる。
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ラベル付けをしているところ。
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 筆者の私見だが,前回(2006年)の「PMA」のヒーローは,富士フイルムの「F30」だった。ISO3200を画素数を減らさずに実用感度にした機種である(関連記事)。では,2007年の展示品の中でヒーローはどれか。ソニーが2007年4月に発売する「DSC-G1」ではないだろうか。

 DSC-G1は,ユーザーに新しい体験をもたらそうという点が図抜けている。先進の気風に富む大変ソニーらしい製品といえる。デジタル・カメラの日用品化に対抗する意欲的な取り組みとして特筆できる。

 DSC-G1における最大の特徴は,カメラ本体さえ手元にあれば,いつでもどこでも写真を見て楽しめること。ユーザーが手持ちの写真データをほぼすべて格納できるからだ。いわば,個人の音楽ライブラリを丸ごと持ち歩けるようにした「iPod」の写真版である。

 DSC-G1は想定実売価格が7万円ほどと高い。このため今回は爆発的なヒットにならないかもしれない。しかし原価を大幅に押し上げたVGAの液晶パネルを取り外したり,同様な機能を多機種に搭載したりすれば,デジタル・カメラのトレンドをつくる可能性がありそうだ。

 DSC-G1の開発に携わったソニー デジタルイメージングカンパニー FR事業部 3グループ プロジェクトリーダーの富永浩之氏に,長時間のインタビューに答えてもらった。

写真の見方に革新を

――DSC-G1は,これまで撮ったすべての写真をいつでもどこでも見ることができるカメラの第一歩という点で画期的ではないかと思っています。2006年10月9日号の特集「カメラ王国は永遠か」で,そうしたカメラを提案したため,ひいき目に見すぎているかもしれませんが…

 DSC-G1はまさしく,いつでもどこでも写真を見ることを狙ったカメラです。撮る機能は,まだ追い込むべきところもありますが,かなり成熟しました。そこでDSC-G1は,撮る機能を好評な薄型機「DSC-T9」と同等としながら,見る機能を大幅に拡充しました。

 拡充するからには,デジタルらしい面白いことを追求したつもりですし,開発には時間も費用も相当掛けています。将来「プロジェクトX」のような番組に取り上げてもらえる商品にしよう,という意気込みで生み出しました。私たちがユーザーに提案しないと,カメラ産業が停滞してしまうという危機感もありました。

――ただ一点,気になることがあります。価格が高すぎませんか。消費者に理想的な姿を見せて「見る機能」の価値を訴求する必要があることは分かります。しかし,例えば3.5型でVGAの液晶パネルはややオーバー・スペックではないでしょうか。

 社内で新規開発した液晶パネルなので,公平な視点ではないかもしれませんが,高価な分の価値があると思っています。例えば,屋外で見ても十分美しいと感じてもらえるはずです。ただ今後,安価な液晶パネルを搭載することを否定するつもりはありません。今回の機種は,まず世に出して顧客に体験してもらうことこそが重要だと考えています。そのフィードバックが次の開発に生きます。

――ぽっと出の一機種が独り勝ちを生み出すことは,ごくごくまれですものね。後継機種の投入にも期待しています。今から後継の話をするのは変ですが…

 えぇ。私たちとしては,「G」という新しいシリーズを設けたわけです。期待に添えるようにして参ります。

VGA画像を自動保存

――さて,DSC-G1の機能についてお話を伺います。カメラ内に写真ライブラリを簡単に構築するために,画像データをどのように蓄積するのでしょうか。

 ユーザーが600万画素で撮影すると,カメラは自動的にVGAの画像データも生成します。メモリ・カードを併用する場合には,600万画素のデータはメモリ・カードに,VGAのデータは内蔵メモリにそれぞれ格納します。メモリ・カードを使わない場合は両方のデータを内蔵メモリに保存します。

 内蔵メモリ中のデータは,ユーザーが消去することもできますが,基本的にはそのまま残り続けます。ユーザーが利用できるメモリ容量は約2Gバイトあるので,VGAの画像データを7500枚近く蓄積できます。ユーザーが「去年のグアム旅行のときに撮った写真が見たいな」と思ったとき,DSC-G1があればその場で見ることができます。

(注:7500枚という枚数は2Gバイト近い内蔵メモリの1/3程度を使ったもの。DSC-G1をつないだパソコンの画像管理ソフトウエアが,パソコン内の画像をVGAに変換し,内蔵メモリに対して自動的に送り込むこともできる。この転送分を含めると,VGAの画像データを内蔵メモリに2万枚近く格納できる。この枚数は,ユーザーによって異なるが,数年~数十年分の撮影枚数に相当する)

――家人に子供の写真が見たいからパソコンのどこにあるか教えてといわれたり,家人がすぐに見れるようにわざわざ印刷したりする必要がなくなりますね。次に,膨大なデータの中から所望の写真どうやって見つけるのか,教えてください。

 主に3つの手段を実装しました。<1>画像をイベントごとに分けた「アルバム」でくくる機能,<2>ラベル付け,<3>画像解析結果を使った属性指定です。

 <1>は撮影時刻に着目したものです。ユーザーが一般に写真を撮る頻度は特定の時間に集中しています。例えば旅行の一日のうち,朝食時,観光名所の訪問時,昼食時といった具合です。それぞれの期間に撮影した写真をアルバムとして自動的にまとめるようにしました。

 もちろん,誤判断もあり得ますから,ユーザーが自動作成された結果を修正することも可能です。ユーザーの中にはアルバムに名前を付けたいという方もいるかもしれませんが,本体で文字入力を可能にすると,操作が複雑になったりボタンの数が増えてしまうので,今回は見送りました。

 <2>のラベル付けは他社の一部機種も実装していますが,「結婚式」や「スポーツ」といったタグを画像データに付加するものです。あまり種類が多いとユーザーを戸惑わせてしまうので今回は,プリセットのラベルを10種類少々に限りました。

 <3>は,写真に写る顔の個数や,写真中の多くを占める色をパソコン上の画像管理ソフトウエアで分析しておくものです。さすがにカメラ本体のプロセサでは演算能力が足りませんでした。例えば顔の数をタグとすると,画像データをポートレートや集合写真,風景などに分類できます。

 <1>と<2>に比べて<3>は偶然性に期待した,いわば遊びの機能という側面を持っています。所望の写真を簡単に見つけるだけでなく,埋もれていた写真を見出す楽しさをユーザーに手軽に感じてもらいたいのです。

コミュニティに視線

――カメラ本体に備えたデータベース・ソフトウエアは,他社製ですか。

 いえ,社内製です。その方がDSC-G1に組み込むソフトウエア全体の開発効率を高められたからです。

――データベースを操作したり,検索したりするソフトウエアを,ユーザー・コミュニティが開発することは難しいのでしょうか。

 現状ではそうですが,ずっとこのままにしておくことが得策であると考えているわけではありません。あくまで私個人のアイデアという段階ですが,インタフェースを切ってユーザーにソフトウエアを開発してもらえるようなツールを提供できればといいな,と思っています。

――パソコンとカメラ本体に写真ライブラリを構築できた後には,WWWサイトを駆使したオンライン・サービスを用意するというアイデアはどうでしょうか。写真には,見せて共感してもらうという役割もあります。さらに,ここでもインタフェースを切って,ユーザーやほかのWWWサイトがデータベースを利用できるといいですね。

 そうですね。サーバにどんな役割を持たせるのかは,いつも社内で議論になります。私は「ネットワーク・ハンディカム」という商品を手掛けたことがありますが,当時と今ではインフラの速度やコストが全く異なっています。今にあったサービスを考えたいところです。

――サーバという点ではもう1つ,長期的に安全に保存できて,画像フォーマットを時代に合わせて変えてくれるサービスも提供できます。今回のPMAでは,そうしたサービスをユーザーの一生涯に渡って提供しようという企業を見かけました

 そうした意識は私たちにもあります。デジタル・カメラは普及を始めて10年が経ちました。カシオ計算機の「QV-10」で写真を撮られた赤ちゃんが,10歳になっています。あと10年ちょっとで結婚式を迎えます。その式で赤ちゃんのときの写真を,招待客に見せられるのか。銀塩写真のときは,タンスの奥底から発見できたりしましたが,デジタル画像は見つけられなかったり,ファイルを開けなくなったりしているかもしれません。

ボタンの同時押しでつながる

――DSC-G1の無線LAN機能に話を移します。今回は,カメラが直接インターネットにつながらない(FTPクライアントやブラウザにならない)ようにしましたが,これはなぜですか。

 ひとえにユーザーに複雑な操作を強いたくなかったからです。今回はpeer to peer方式でDSC-G1同士がつながるようにしました。これなら簡単な操作で済ませられます。

――どうやって相互につながるのですか。

 DSC-G1にある無線LANボタンを,つなぎたいもの同士で同時に押すだけです。

――よく考えられていますね。

 この方法を簡単に見つけられたわけではありません。試行錯誤の末に,これならユーザーを惑わせないという方法に行き着きました。公衆無線LANへの接続もあきらめていません。ユーザーに採ってもらいやすい方法を今も模索しています。技術的にはできるのに,とお叱りを受けるかもしれませんが…

――その模索こそ技術開発とも言えますよね。平易に利用できない限り,ユーザーはメリットを享受できないのですから。peer to peerでつながると何ができるのでしょうか。

 一番分かりやすいのが,手持ちの写真を友人などに送る「ピクチャーギフト」ですね。加えて,撮った写真をすぐ相互に自動転送する「コラボショット」があります。例えば子供を夫婦で別なアングルから撮ったときに,即座に撮影結果を見て思いを共有できます。さらに,家庭内ネットワークにつながったDSC-G1は「DLNAサーバ」になることができます。テレビやパソコンといったDLNAクライアントから,カメラ本体内の写真を見られます。

――お話しを伺っていると,ソニー CEOのHoward Stringer氏の指摘が的を射ていると感じます。つまり「見る」に関わる機能のほとんどはソフトウエアで実現していますね。

 その通りです。私もその一員なのですが,社内のソフトウエア部隊が大きな役割を担いました。こうした開発状況はこれからも続くでしょう。

――本体に搭載したプロセサは,最近のソニーのデジタル・カメラが使っている「BIONZ(ビオンズ)」ですか。

 いえ,それだけでは演算能力が不足したので,異なる品種を用いました。画像処理の内容はほぼ変わりませんが,検索などの各種ソフトウエアを高速に実行できるように見直ました。