弁をカムで開き,ばねで閉じる。
エンジン給排気弁の常識だ。
これに対してカムで開き,
カムで閉じるのがイタリアDucati社のバイク用エンジン。
デスモドロミックと呼ぶ。
弁ばねがなく,高回転にできる利点を評価して採用した。

 10500rpm。図の開閉機構を搭載したエンジンの最高回転数だ。ボアは98mmあり,4輪車の基準でも大きめだから,簡単に達成できる数字ではない。イタリアDucati社がバイクに使うデスモ(ギリシア語のdesmos=制御された)ドロミック(同dromos=軌跡)。ヘッドに付き物の弁ばねがない。弁を閉じる時もカムを使うのが特徴だ。

L形のロッカアームで動きを逆に

 カムで弁を開くのは一般のエンジンと同じ。開弁用のカムがロッカアームを介して弁の頭を押す。

 このカムの隣に閉弁用のカムがある。このカムは,大きなL形のロッカアームを押す。「L」の折れ曲がった所に支点があり,そこを中心に揺動する。Lの上端,カムの横にあるカムフォロアを横に押すとLの前端が上に持ち上がる。これでバルブを持ち上げ,閉じるというわけだ。カムに向けて「引き上げる」方向の力に変換した。この閉弁用の機構は青く表現した。

日本車との競争にどう勝つか

 Ducati社がデスモを発表してバイクのレースに投入したのは1955年。同じ時期,西独Daimler Benz社がデスモを採用した4輪車「W196」でF1に勝ち続け,デスモは先端技術として注目を浴びた。

 1970年代に入り,日本の大型バイクが力を付けてきた。4気筒で高回転を誇る日本のバイクには負けられない。ところが同社は幅が狭く取り回しの良いL型2気筒エンジンを売りものにしたい。これは譲れない。

 2気筒だと気筒当たりの排気量は4気筒の2倍になる。当然,回転数を上げるのは難しい。大きな弁を閉じるためのばねがサージを起こし,折れてしまう。このジレンマを解決するのがデスモだった。ばねがなければ折れる心配もない。

 現在,弁ばねの材質は進歩し,折れる心配はなくなった。ばねを使っても回転数は上げられる。また,4弁化,5弁化が進んで弁の径は小さくなり,この点からも回転数のハードルは低くなった。デスモの存在価値は落ちたように見える。しかしデスモは既にDucatiのアイデンティティ。1974年を最後にばねを使った一般的なヘッドの生産をやめてしまったというから徹底している。世界中でデスモはDucatiだけ,逆にDucatiはデスモだけ。我が道を行く。(以下、「日経メカニカル10月号」に掲載)

強制弁開閉機構の動作(<A href="577l.mov">クイックタイム ムービー版はこちら(946K)</A>)
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【図】デスモドロミックエンジンを積んだバイク「ST4」 イラストのエンジンよりおとなしいバージョンを積む。イタリアDucati社のエンジンは仕様が違ってもかなりの部分で共通部品を使う。
【図】デスモドロミックエンジンを積んだバイク「ST4」 イラストのエンジンよりおとなしいバージョンを積む。イタリアDucati社のエンジンは仕様が違ってもかなりの部分で共通部品を使う。
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