ドイツKarlsruhe大学および,米国エネルギー省が米Iowa State Universityに設置した研究所であるAmes Laboratoryの研究グループは,波長が780nmの赤色の光で,誘電率と透磁率の値が共に負となり,屈折率の値も負となる左手系メタマテリアルを開発した。2007年1月5日付けの「Science」など複数の学術誌に論文が掲載された(Ames Laboratoryの発表資料)。

 可視光向けの左手系メタマテリアルが開発されたのはこれが世界で初めてである。従来は1.4μmの赤外線が最短の波長だった(波長1.5μmの赤外線向け左手系メタマテリアルの関連記事)。これで,回折限界を超えた高い分解能を持つ平らな光学レンズ「スーパーレンズ」や,中に入れた物体をその覆いと共に見えなくする透明マントの開発に一歩近づいたという(関連ブログ)。

 今回の「媒体」は,網戸の網(Ames Laboratoryは「漁網」と呼ぶ)のような格子状の構造を持つ。ただし,この網は非常に微細で,網の「縦糸」の線幅は102nm,「横糸」の線幅は68nm,格子間隔は300nmである。糸の厚みは縦横共に97nmであるが,MgF2(フッ化マグネシウム)から成る17nm厚の誘電体層を40nm厚のAgの層で,Ag-MgF2-Agとサンドウィッチ状に挟み込んだ構造を持つ。この媒体の屈折率(の実数部の値)は波長780nm付近の光に対して,-0.6 と負値を示す。媒体を通過する光の速度を干渉計を用いて実測することで分かったという。

 論文によればこの媒体の透磁率の値が負になる主な理由は,各格子が一種のLC共振器となるためだという。各格子においてAg-MgF2-Agのサンドウィッチ構造がキャパシタの役割を,格子の形状がインダクタの役割をそれぞれ果たす。この結果,共振周波数の電磁波にとって透磁率が負になる。

 一方,この媒体の誘電率の値が負になるのは,媒体の主な材質がAgであることによる。一般に金属は,プラズマ周波数が可視光,または紫外領域にある。プラズマ周波数より低い周波数では透磁率が正の値である一方で誘電率が負値になることで金属内部に電磁波が伝播できなくなり,可視光の大部分が反射されて金属光沢が現れる。

 ただし今回の媒体の実効プラズマ周波数は380THz超(波長では780nm弱)である。これは,薄い金属膜に多数の約100nm角の微細な穴が開いているという形状によって,金属表面の自由電子の実効的な密度が薄められ,バルクのAgよりプラズマ周波数が小さくなったためであるという。それでも波長780nmでは,負の誘電率を確保した。バルクの金属と異なり,誘電率と透磁率が共に負値であれば,電磁波はその媒体内を伝播できる。

 可視光のような高い周波数を持つ電磁波に対する左手系メタマテリアルの開発には,実効的なプラズマ周波数を小さくしすぎずに,透磁率を負値にする構成を見つけることが課題になっていた。