日立製作所を提訴した岡本好彦氏
日立製作所を提訴した岡本好彦氏
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 2006年10月23日,職務発明の対価を求める新たな訴訟が起きた。半導体の回路製造に使われる「位相シフト露光」技術を開発した日立製作所の元社員・岡本好彦氏が,日立製作所とルネサス テクノロジに対して2億円の対価を求める訴えを,東京地方裁判所に起こした。同氏は1988年5月に,位相シフト露光を発明し,同年11月22日に日本で特許を出願した(登録番号JP2710967)。その後,米国,韓国でも特許を取得。2002年6月に日立を早期退職し,現在は自営業を営んでいる。同氏に提訴に至った経緯などについて聞いた。

--今回,日立製作所を提訴した経緯を教えてほしい。

岡本氏 日立に対して個人的な恨みはないが,技術者として研究に人生をかけてやってきたのに評価があまりにも低い,というのが最大の理由だ。
 最近では,大学の工学部に入学を希望する学生が10年前と比べて半減しているらしい。日本の製造業の将来にとっては深刻な事態が起きている。そこには技術者の発明に対して,相応の対価が支払われていないという事情がある。状況を変えるには,発明に対してもっと正当な評価がなされるように世の中が変わる必要がある。自分の発明に対して,裁判官に公平な目で相応の対価を判断してほしい,と思ったのが提訴のきっかけだ。

--位相シフト露光技術を発明したときの状況を教えてほしい。

岡本氏 発明した当時は,大型計算機用LSIを開発する「デバイス開発センター」という部署に在籍していた。仕事内容は,電子ビームを使って開発センターが要求する仕様通りにマスクを作るというもの。ただし,当時から所属部署を廃部にする計画があり,人材や設備への投資はまったくなく,私も転職を考えていた。そんな折,大学で研究していた「位相」を,回路パターンの転写に使う光源に応用すれば,微細な回路でも歪みなく転写できるのではと思いつき,特許を提出した。
 米IBM社は1986年に,次世代の半導体回路の製造には,電子ビームやX線が必要とする論文を出した。しかし,それは現実にならなかった。今ではKrFやArFレーザー光源を用い,設計ルールがレーザーの波長よりも短い130nm以下の半導体回路が当たり前のように製造されている。これを実現するには,99%この特許を使用せざるをえない状況になっている。

--訴状によれば,既に日立から2200万円以上の特許報酬を得ているが,それでは額が不足しているということなのか。

岡本氏 特許報酬のほとんどは,2002年6月に早期退職してから得たものだ。日立に在籍しているときは,特許出願時に3000円,特許の実施料として年間3万円しかもらっていなかった。
 退職後に大学に再び入り,自分の発明に関連した技術を調べてみると,産業界に与えるインパクトが非常に大きいことを知った。2200万円が正当な評価とは思わない。

--請求額は2億円とのことだが,その根拠は。

岡本氏 日立は位相シフト露光の特許から累計で約80億円の特許収入を得ていると推測される。これは私に支払われた特許報酬額などから試算した。光ディスクの情報読み取り技術の発明対価を日立と争った「米澤裁判」で明らかになった,同社における発明者への還元率なども加味した。日立からは,私の特許が日立が保有する中で最も特許収入が多いと聞いている。 
 その80億円に,私の貢献度20%を掛けて譲渡対価を16億円とし,その一部の2億円を請求することにした。貢献度については本当は100%だが,米澤裁判で認定された20%という数字を引用した。私が100%とする根拠は,本発明はたまたま自分が大学時代に研究していたことを当時の業務に応用したらどうなるかを考え付いたもので,日立が保有する実験装置などを使ってできたものではないからだ。共同研究者もいない。

--16億円という譲渡対価に,日立がクロスライセンスした相手先企業の特許収入は含まれているのか。

岡本氏 含まれていない。日立が,私の特許をどのような形でクロスライセンスしたのかは,裁判の中で明らかになる。クロスライセンス分も発明対価として請求するかどうかは,訴訟代理人弁護士(米澤裁判と同じ東京永和法律事務所の升永英俊氏)と相談して決める。