IEEE Standards Association(IEEE-SA)standard boardは,より対線ケーブルを用いて10Gビット/秒の伝送速度でデータを100m伝送するEthernetの規格「IEEE802.3an-2006(10GBASE-T)」を承認した。Ethernetの普及促進団体「Ethernet Alliance」などが発表した(発表資料)。IEEE-SAはIEEEで標準規格の策定を統括する組織で,今回の承認が最終的なものである。同規格は2006年7月のIEEE802委員会総会で報告され,正式なIEEE規格となる。

 10GBASE-Tは,物理層での信号処理方式を主に規定しているが,それだけでなく,より対線ケーブルの仕様も事実上定めている。具体的には,変調方式として「16値PAM(pulse amplitude modulation)」と「128-DSQ(double square)」を組み合わせた方式,プリエンファシス方式として「Tomlinson-Harashima Precoding」などを採用した。より対線ケーブルとしては,いずれも4対8芯のカテゴリ6e,カテゴリ6a,カテゴリ7の3種類を想定する。誤り訂正符号は「LDPC(low density parity check)符号」を用いる。通信前に低速の通信データをやりとりし,伝送路の雑音状況などを調べる「トレーニング」技術も採用した。

実効で12値の多値符号を利用

 変調方式の16値PAMは符号一つに4ビットを割り当てる方式で,多値度が高い。多値度が高いと同じ10Gビット/秒の伝送速度でもシンボル転送レートを800Mシンボル/秒と遅くすることができ,トランシーバのアナログ回路やケーブルの設計が楽になるメリットがある。加えて,利用する周波数帯が低く電気信号の波形が伝送中に歪みにくいため,伝送距離を伸ばせる可能性が出てくるというメリットもある。

 しかし,高い多値度にはデメリットも多い。電気信号の波形の差異が小さくなるため,A-D変換器には高い精度が必要になる。また,受信側で信号読み取りに必要なS/N(所要S/N)が大きくなる。多値度が低い場合に比べるとビット誤り率が増加し,受信感度が低下する。

 逆に多値度を低くした場合のメリットとデメリットは,高くした場合の逆になる。このため,10GBASE-Tの策定作業では当初,変調方式を8値PAM,10値PAM,12値PAMのいずれかで検討していた。しかし,どれも一長一短だった。一つの符号に3ビットを割り当てる8値PAMでは多値度がやや低い。一方で,10値や12値では信号のマッピングの問題から符号の利用効率が低いという課題があった。思い切って,16値PAMにすると利用効率は改善するが,多値度が高すぎるという問題がでてくる。

 ここでIEEE802.11an作業部会は,最終的に符号の利用効率を重視し,16値PAMを採用した。ただし,米Broadcom Corp.が提案した128-DSQと組み合わせて,実質的な多値度は12値PAMに近い方式を選んだ。具体的には,16値PAMの符号二つにまたがって7ビットを割り当てる方式で,符号1個に3.5ビットを割り当てるのと等価になる。符号の利用効率の点では最も無駄の出ない信号配置が可能になった。

10-2のビット誤り率をLDPC符号で10-12

 変調方式に16値PAMを採用したため,このままでは受信側の所要S/Nは大きくなり,信号の伝送誤り率は非常に大きくなってしまう。この問題は誤り訂正符号のLDPC符号でカバーした。規格の策定に携わった米Aquantia Corp.などによれば「LDPC符号を使わない場合のビット誤り率は100mの伝送で10-2と極めて低いが,LDPC符号を利用すると10-12を確保できる」(同社)という。ビット誤り率が10-2ではIPパケットは事実上伝送できないが,10-12であれば事実上誤りなしで伝送できる。

 LDPC符号は,1723ビットのデータを2048ビットの符号語で伝送する。ただし,データがすべて符号化されるわけではなく,符号語1個につき,1536ビットの符号化されないデータが伝送される。

ケーブルは専用の新規格でやっと100m

 想定するケーブルを3種類としたのは,既存のカテゴリ6やカテゴリ6eでは100mの伝送が難しいことが判明したためである。カテゴリ6eでの保証伝送距離は55mと短い。1000BASE-Tなどに利用されているカテゴリ5eなどは規格策定の初期に対象外となった。

10GBASE-Tの当初の目標だった100mの伝送は,事実上この10GBASE-Tのために規格化されたカテゴリ6aでやっと実現する。カテゴリ6aは(1)カテゴリ6に比べて「より数」が多い,(2)4対のより線ごとにより数が違う,(3)ケーブル間のクロストークを減らすためにケーブルの太さを約1.4倍太くした,(4)625MHzまでの周波数帯をカバーした,といった特徴がある。

 100m伝送はもう一つのケーブル規格であるカテゴリ7でも可能だが,同ケーブルはシールド型のより対線(STP)で,価格もカテゴリ5eなどの3倍前後と高価である。

光ファイバの10Gビット/秒Ethernetに勝てるか

 10GBASE-Tの課題は,登場がやや遅かったことである。10Gビット/秒Ethernetは,4年も前に光ファイバ版の10GBASE-LRなどが登場している。同軸ケーブルを利用する10GBASE-CX4や60Gビット/秒の高速伝送が可能なInfiniBandなどの競合規格も普及し始めている。

 さらに最近は,より対線を利用できるメリットがやや薄れてきた。光ファイバでも1Gビット/秒前後の伝送速度用では,銅線ケーブル並みに曲げられる製品が登場し,光電変換の素子やコネクタの小型化も急ピッチで進んでいる(日経エレクトロニクスの関連記事)。10GBASE-Tの策定に一時関わった国内のある技術者は「光通信の各部品のコストは今後大きく下がりそう。銅線,より対線だから安いとは言い切れなくなってきた」という。