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 キヤノン 前社長の御手洗冨士夫氏は,製造拠点への投資戦略として,かねてより「国内回帰」をキーワードとする戦略を掲げていた。具体的には,海外生産比率を4割に抑え,国内生産とのバランスを維持する。これにより,為替の変動リスクを最小限にとどめると共に,開発の効率化や生産技術の蓄積,技術の流出防止を図った。

 実際に同社は,デジタル・カメラやビデオ・カメラの製造拠点を大分県に置く。消耗品であるトナー・カートリッジについても,大分県に建設した新工場で2007年1月より量産を開始する計画だ。

 製造拠点の選択肢は,国内と海外の自社工場,そして海外のEMS企業と多岐にわたる。御手洗氏の後を引き継ぐ新社長 内田恒二氏のものづくり戦略を,記者懇談会における同氏のコメントから明らかにする。

(聞き手=浅川 直輝)



――キヤノンといえば,製造拠点の国内回帰を掲げる代表的な企業の一つだ。国内,海外,社外の製造拠点の実力や使いこなし方について,内田氏の考えを知りたい。

内田氏 結論から言うと,新製品の生産ラインを立ち上げるのは,やはり自社が持つ国内の生産拠点が効率面で最も良いと考えている。理由は主に二つある。

 一つは,新製品の生産ラインを立ち上げる際の,開発部門の負荷を大幅に小さくできることだ。以前,中国工場でデジタル・カメラの生産ラインを立ち上げた際,現地の技術者を大分工場に送って教育する手間などで,開発部門にものすごい負担が掛かった。この負担はバカにならない。

 国内工場で生産ラインを立ち上げれば,開発メンバーが工場を行き来しやすい。キヤノンの開発拠点がある大田区下丸子から,大分の生産工場まで2時間くらいで行ける。大分工場と国外の工場とを比べると,開発部門の負荷は全体としてざっと1/10になる。

 もう一つは,コストダウンのための技術を蓄積しやすいことだ。一度量産ラインを流れ始めた機種について,製造コストを削減するのはとても難しい。製造コストを抑える最良の方法は,さらなるコストダウン設計を実現した新しい機種を開発すること。それには,生産部門から開発部門への密なフィードバックが重要になる。

 現在も,台湾や中国のEMS企業から生産委託の売り込みが頻繁にきている。実際,EMS企業にも我々と同じようなものを作れる技術力はあるだろう。だが,開発効率やサポート体制など全体のコストを考えると,EMSを活用する気にはならない。

 今後キヤノンは,製造工程の一部を機械に置き換える「自動化」で,さらに製造コストを削減する。トナー・カートリッジを生産する大分の新工場は,その尖兵となる。ここで自動化というのは,全ラインの機械化などといった大それた意味ではない。セル生産の各作業のうち,人手では難しい工程だけを自動化することで,コストダウンと品質の向上の両方を狙う。その意味で,セル生産方式と自動化は,両立する概念といえる。今後はトナー・カートリッジだけでなく,あらゆる製品分野で自動化を進める。

――2006年3月にキヤノンはSEDの量産時期の延期を表明した。量産の延期に至った製造技術上の問題とは何か。

内田氏 量産時期を延期したのは,製造プロセスを当初計画のものから変更したためだ。今までのプロセスでは,製造コストを十分に抑えきれない。従来より簡略にしてコストを抑えたプロセスを,製造装置を含めて新たに開発している。特に,SEDの基幹部品である電子放出源の製造プロセスを見直した。

――キヤノンの強みであるデジタル一眼レフ市場には,今後家電メーカーから新規参入が相次ぐ。一方,銀塩カメラは市場の縮小が止まらない。両事業に対するキヤノンの戦略を聞きたい。

内田氏 デジタル一眼レフは,松下電器産業やソニーの参入でビジネス環境が大きく変わる。両社は,「EOS-1シリーズ」のような(プロフェッショナル仕様の)製品は出さない。「EOS Kiss Digital」のような(初級者向けの)市場を狙うだろう。

 実際,シェアは間違いなく食われると考えている。食われる部分は,デジタル一眼レフ全体の需要を底上げするような製品を開発することで,補いたい。

 銀塩カメラは現在,台湾工場でのみ生産している。市場のニーズの縮小に合わせ,年ごとに生産規模が半減している状態だ。この縮小ペースでいけば,あと2~3年後には撤退を考えないといけないだろう。いずれそういう時期は来る。