「次世代機」ではない

―― 私も試作機で遊ばせていただきましたが,この面白さというか没入感を文字で表現するのは難しいですね。

岩田氏 僕らの悩みは,この面白さをどうユーザーに伝えるかにあります。今までのゲームなら,テレビを通して斬新な映像さえ見せれば,それが宣伝効果となった。ただ,インタフェースっていうのは,数値化して表現することもできないし,触れてみないと面白さを伝えられない。ただ,ソニーさんやMicrosoftさんも大変でしょうね。ゲーム機のグラフィックス性能が高くなったとはいえ,大半の家のテレビはSDTV画質です。ですからゲーム機がHDTV画質の信号出力が可能でも,その絵を見られないわけですよ。

 ゲーム機の歴史を振り返れば,ファミコンからスーパーファミコンへの変化は説明が容易でした。そこからプレイステーション2やゲームキューブへの変遷は,まだ分かりやすかった。しかし,だんだん,次世代技術の意味がわかりにくくなってきていますよね。従来の延長でもっとすごいものを作りましょうというアピールがユーザーに伝わりづらくなってきたと私は思っています。

 誤解を恐れずにいえば「任天堂は次世代機を作っていません」。次世代というのは,今までの延長にあることを意味する。僕らは,今までの延長線を進んでも,マーケットが広がらないと考えている。むしろ狭まっちゃうかもしれない。ゲームを楽しむ人を増やすには新しい魅力を足さなければならない。今のゲームは操作も難しくなっていて,慣れない人にとってはとっつきにくい。ゲームの経験がない人は,誰かがやるのをみているだけで,自分でやろうとはしない。それが現実です。なので,誰でも使ってみたくなるようなインタフェース,それを作りたかった。

 例えば,ペンで書くというのは誰もがやっている日常行為だから,DSにタッチペンを付けた。その結果,「脳を鍛える大人のDSトレーニング(脳トレ)」では,ゲームをやったことのなかったおじいちゃんやおばあちゃん,おかあさんも遊ぶようになった。あれだったら,人がやっているのをみて「自分でもできそうかな」と感じてくれる。

 ゲーム業界にとっては,裾野を広げる方向と,もっと高性能を追求する方向の両方があっていい。僕らは前者の道を選んだのであって「高性能化の道がけしからん」なんていう気はさらさらない。あとはお客さん次第,自分の提案を支持してくれるか,他社さんの提案を支持するのか,審判を待つのみです。

DSの成功があればこそ

―― この斬新なコントローラに,開発者から戸惑いの声は聞かれませんでしたか。

岩田氏 今まで慣れてきたことを捨てるというのは,やはりだれでも普通は腰が引けちゃうと思うんですよ。任天堂がDSで2画面にしたときも「すごい」とほめてくれた人より,「どうしちゃったの」と疑問に思った人の方が多かった。ところが結果的に,市場がDSを受け入れてくれた。ユーザー・インタフェースを変えることで,新しい市場を獲得できることを実証できたわけです。このことを通じて,このコントローラについても好意的にみてくれる人が増えたように感じます。

―― 岩田さんご自身は,早い段階から,このコントローラの成功に自信があったのですか。

岩田氏 このコントローラが成功するかどうかは別として,未来のゲーム機の方向性がこっちの方にあるということは確信していました。ただ,どれくらいの早さで市場が動き出すか,そこは正直,分からなかったですね。DSの成功により,思ったより早く世の中が動いたという手ごたえはあります。例えば,実は「脳トレ」がここまでヒットするとは思っていなかったんです。確かに,新しい市場を開拓できるポテンシャルがあるし,一定以上の本数は売れると思っていたが,2作合わせて500万本売れるほど市場に受け入れられるとは予想できなかった。つまり,世の中の常識,ゲームに対する人の認識がどれくらいのスピードで変わるかは未知数だったということでしょうか。

―― 据置型では分が悪かったことから,今回のような思い切った決断ができたのでしょうか。

岩田氏 据置型ゲーム機の市場で任天堂は,かつてチャンピオンだったが今ではチャレンジャーになってしまった。チャレンジャーの言うことは,市場はなかなか聞いてくれないもの。まずは任天堂がチャンピオンである携帯型の世界でユーザー・インタフェースの変革を起こし,その流れで据置型の「Wii」を成功させたいと考えていた。私の予想以上に早いペースで世の中がユーザー・インタフェースの変革を支持してくれたことがWiiにとって追い風になります。

プリミティブな面白さとは