図◎404特許を含む「年金納付期限通知書」。所有する特許を維持するか否かを特許維持年金と秤に掛けて判断する
図◎404特許を含む「年金納付期限通知書」。所有する特許を維持するか否かを特許維持年金と秤に掛けて判断する
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 日亜化学工業は2006年3月8日,「404特許」の権利放棄について記者会見を開いた。この特許は発明者である中村修二氏が,かつて所属した日亜化学工業に対し,その帰属と相当対価の支払いを求めて争ったもの(Tech-On!の中村裁判の特設報道ページ)。青色LEDを構成する窒化ガリウム(GaN)の結晶成長装置に関する特許で「ツーフロー方式」の特許(特許第2628404号)として広く知られる。同年2月11日に新聞などで「日亜化学が青色LEDの中核特許を放棄」などと報じられ,話題となっていた(関連記事)。404特許の権利を放棄した理由について,同社は「知財における通常業務の一環」(同社知財部部長の芥川勝行氏)と説明した(図)。

 404特許は日本と米国,英国,ドイツ,オランダ,イタリア,フランスの7カ国で出願され,成立していた。このうち,欧州5カ国では2005年10月24日に,米国においては2006年2月2日に権利が失効した。日本では2006年1月12日に権利が抹消されていることが明らかとなった。

 これら7カ国において,特許権の有効(存続)期間は出願から20年。ただし,その権利を維持するためには,特許維持年金(年金)を支払う必要がある。この年金は20年分を一括して支払うわけではなく,ある一定期間ごとに更新していく形を採り,後半になるほど金額は上昇していく。そのため,企業としてはコスト管理が必要となり,次の年金の納付期限が近づくと,いったん成立させた特許を見直す。例えば,大手電機メーカーでも「特許維持年金を支払ってまで維持するメリットがないと判断した場合は,特許を放棄する。特許を維持するか放棄するかについては,年に1回,事業部門と知財部門で話し合って判断している」(東芝)。

 日亜化学工業の場合,欧米各国の特許の管理は特許事務所や特許年金管理会社を通じて行っているという。年金の納付期限の半年ぐらい前になると,こうした事務所や会社から問い合わせ用紙(年金納付期限通知書)を受け取り,知財部は研究開発部門などと話し合った上で,所有する特許の一つひとつについて年金を納付するか,納付せずに放棄するかについて判断していく。こうして「費用対効果を踏まえて使わない特許を処分する一方,市場の変化を見ながら戦略的に残す特許を見定めるなど,ビジネスの観点から維持するか放棄するかの判断を下していく」(芥川氏)。

 なお,日本では年金納付期限を待たずして404特許の権利を放棄しているが,「コンピュータで一括管理するための都合であり,他意はない」(同氏)。

 つまり,日亜化学工業は中村氏との訴訟も終え,次の年金の納付期限が来たことから,不要な特許の一つとして404特許の権利を放棄したとする。

「他の特許を守るため」


 「404特許の放棄は知財の通常業務の一環」と説明する日亜化学工業。しかし,404特許はこれまで周囲から「中核特許」と思われてきたものである。中村修二氏は「青色LEDの基本特許である」と主張してきた。しかも,この訴訟の前半戦,つまり,2002年9月の中間判決までは404特許の帰属について両者は争っていた。放棄するほど「価値がない」のであれば,日亜化学工業はなぜ404特許の帰属にこだわったのかという疑問がわく。この点について,日亜化学工業側に問いただしてみた。

 すると,日亜化学工業知財部部長の芥川勝行氏は次のように答えた。「404特許だけで他の特許については帰属を争わないというのであれば,中村氏に404特許を譲ってもよかった」。

 他の特許を守るためとはどういうことか。実は,中村氏は裁判戦略の一環として,米Cree Lighting社と契約を交わしていた。同社は日亜化学工業の競合メーカーである米Cree社の子会社である。内容は大まかに言うと,中村氏が日亜化学工業の複数の特許について東京地裁へ提訴し,その帰属(持ち分)が中村氏に移った特許についてはCree社側に実施権を与えるというものである(この内容については一般でも閲覧可能な裁判資料で筆者が確認した)。

 つまり,日亜化学工業側は,404特許という「象徴」を譲ることで,他の特許までCree社側に漏れてしまうことを恐れたというのだ。「職務発明による特許を一つ譲るということは,すべての特許を譲ることと同じ。当社が404特許を譲れば,同じ理屈で中村氏は,自身が発明者に名を連ねる当社の他の特許を手に入れることになり,それらは自動的にCree社側に移っていく。要するに,当社は404特許ではなく,他の重要な特許をCree社側に渡さないために404特許の帰属にこだわったのだ」(芥川氏)。

 和解勧告の際に東京高等裁判所が認定した,中村氏が発明者(共同発明者を含む)となっている特許は実用新案を含めて195件。日亜化学工業が404特許の帰属にこだわらなければ,Cree社は中村氏を介してこれらすべての特許や実用新案の実施権を手に入れた可能性も否めないと同社は言う。