チップ内部構成の概要
チップ内部構成の概要
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 PDC,GSM,W-CDMA,CDMA2000,HSDPA,無線LAN,そしてWiMAX。これら利用周波数や帯域幅の異なる無線方式の送受信を,1チップのCMOS ICで処理できたら——。そんな夢のようなICを,米マサチューセッツ州のベンチャー企業が発表した。

 米BitWave Semiconductor,Inc.は,送受信するバンドの中心周波数や帯域幅を動的に切り替えられるRFトランシーバICを開発,2006年第1四半期から評価キットの出荷を開始する(発表資料)。このICを搭載した機種では,端末の出荷後に送受信帯域を変更したり,今後新たな通信方式が登場する際にもハードウエアを変更せずにソフトウエアのアップグレードで対応できるという。「ソフトウエアによる制御でRFチップを再構成できる。いわば『Softranceiver』(ソフト・トランシーバ)だ」(同社)。

 RF回路で扱うバンドの中心周波数や周波数帯域を自在に切り替えるコンセプトは,「リコンフィギュラブルRF」と呼ばれ,学会レベルでは既にアイデアが登場している。また米Intel Corp.などの半導体メーカーも,将来の無線回路のコンセプトとして提唱していた(関連ホームページ)。しかし,同コンセプトに基づくトランシーバICを出荷するのは今回が初めて。

 中心周波数が700MHz~4.2GHzの周波数バンドの送受信が可能で,信号の帯域幅は200kHz~20MHzに対応する。GSMやPDC,EDGE,W-CDMA,CDMA 2000といった携帯電話方式に加え,IEEE802.11b/gといった無線LANなど異なる方式の無線送受信回路を動的に再構成できる。このほかDVB-HやISDB-T,DABといった放送方式の受信や,Bluetooth,GPSにも対応できるという。BitWave社は携帯電話機だけでなく,ノート・パソコンや携帯型音楽プレーヤなどあらゆる携帯機器への搭載を目指している。

ソフトウエア無線機の実現へ



 このチップをRF回路に利用し,マルチプロトコル対応のベースバンドIC(DSPなど)を組み合わせれば,世界のあらゆる地域で利用できる携帯電話機を実現することも不可能ではない。利用地域のサービスの状況(電波の強度や通信状況)から最適な周波数やプロトコルを選択して通信を行なう,いわゆる「コグニティブ無線」のコンセプトに近い端末も実現可能だ。利用する周波数だけでなく,携帯電話のサービス事業者を切り替えることも原理的には可能となる。

 携帯電話機の通信プロトコル処理を担うベースバンドICでは,CMOSプロセスの微細化とともに集積度が高まり,マルチプロトコル化が既に進みつつある。その一方でRFトランシーバICやアナログ・フロントエンド回路の集積度の向上ペースは遅いため,マルチバンド型携帯電話機の実現の際にはそれぞれのバンドに対応する複数のRF回路を設けることが一般的だ。通信プロトコル処理をソフトウエアで切り替えるソフトウエア無線においても,RFトランシーバ回路は通信方式ごとに設ける必要があった。今回のようなRFトランシーバICが登場すれば,ソフトウエア無線技術を利用する携帯機器の登場が一気に近づくことにもつながる。

 BitWave社の資料によれば,開発中のチップはCMOSアナログ回路とデジタル制御回路を組み合わせたミックス・シグナルICで,台湾UMC社の130nmのCMOS技術を使う。内部の制御回路「Software Transceiver Controller」を使い,周波数シンセサイザや,LNAの増幅帯域,A-D変換器の帯域や標本化速度などを変える。このほかVCOやミキサ,アンプなど多くの構成要素をチューナブルにしているという。受信回路のアーキテクチャに関しては,ダイレクト・コンバージョンと低IFの2種類に状況に応じて変更できるとしている。ただし内部アーキテクチャの詳細や消費電力は公表しておらず,今後の同社の情報開示に注目が集まりそうだ。

 BitWave社は,米Analog Devices,Inc.や米Delphi Communications Systems社などで高周波回路の設計に携わった技術者らが2003年に設立したベンチャー企業で,米MIT(Massachusetts Institute of Technology)と技術協力したチップ開発を進めていた。