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 日本では,たまに有名人の学歴詐称が問題になることがあります。ほんの数年前,国会議員に当選したものの,学歴詐称が明るみに出て議員バッジを外すことになった人の事件が世間をにぎわしたこともありました。学歴に対する考え方は人それぞれですが,会社によっては採用の際に重視するところもあると聞きます。また,必要な学歴を満たしていなければ,望んでも実際には就けない職業があることも事実です。

 翻って,中国では会社の採用時における学歴に対する見方は日本よりもずっと厳しいと言えるでしょう。13億もの人口を抱えているため,会社の採用基準が自然と高くなるのです。しかも中国の場合,採用の際に厳しく問われるのは,学歴だけではありません。容姿や背格好,出身地などなど,日本では明らかに「不当な差別」に該当する基準による採用が平然と行われているのです。

 例えば,私がかつて勤務していた電子機器を製造する中国現地工場では,作業員を採用する際に「18歳以上の若くて元気のある人」を歓迎していました。工場や設備を効率的に使うために,シフト勤務で夜間作業までできる体力や気力を持つ人が必要でした。加えて,非常に小さな部品を取り扱っているため,それがきちんと見える視力を持つ人でなければ,作業ができないという現実もありました。こうした背景から,年齢や体力,気力といった基準を採用時に重視していたのです。

 そして,もう一つは学歴です。決して高学歴を望むわけではないのですが,作業指導書などの文章を確実に理解できるように,中学校卒業以上の学歴を要求していました。

外国人なんていないのに不法就労?


 こうした基準で,作業員の採用は特に問題なく行われていました。採用された作業員は,上司と部下という関係で,私を含む日本人の管理者と一緒に仕事をすることになります。しかし,まさかこの採用において問題が発生し,何人かの部下を処罰しなければならない事態に陥るとは,思いも寄りませんでした。

 きっかけは,業界に流れた情報です。近くの工場で中国の労働局の査察が行われ,複数の不法就労者が見つかって,工場側に多くの罰金が科せられたという話が私たちの工場に舞い込んだのです。その情報を知った社長は,早速,その日の夜に製造部門の幹部を集めて指示を出しました。

「最近,労働局が不法就労者の管理を強化しているようだ。まさかとは思うが,この工場の中で,怪しいと思う作業員がいれば,調査しなさい」
「不法就労者ですか?」

 社長から「不法就労者」という言葉を初めて聞いたとき,思わず私はオウム替えしのようにその言葉を繰り返してしまいました。日ごろ一緒に働いている作業員の中に,不法就労者に該当しそうな人が全く思い当たらなかったからです。日本で不法就労者といえば,日本に不法入国してきて職に就いたり,ビザが切れているにもかかわらず,それを隠して働き続けたりする外国人のことを想像します。しかし,私の部下の中には中国以外の国から来たと思える顔の人は1人もいなかったからです。