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 急ぎ足で高水準の法治国家を目指す中国。しかし,実際には地方に行くほど人治主義の影響が根強く残っています。しかし,中国人にとって,この人治主義は悪い面だけではありません。この制度は,多くの中国人に「恩恵」を与えているという現実もあるのです。

 就職を例にとってみましょう。日本の場合,就職しようとした場合,簡単に情報を入手できます。例えば,就職情報誌やインターネットの就職関連のサイトが代表的な情報源です。ところが,現在の中国では国民が就職活動する際に,基本的に国の労働局や,その関係する会社に登録する必要があります。例えば,地方から沿海部の工場へ集団就職する場合は,地方の労働局が関与し,個人で都会へ就職を求める場合には,その都会にある労働局やその関連の斡旋会社に費用を払って登録するのです。

 ところが,現実には,こうしたルートを通じて良い条件の仕事を見つけることは,かなり困難と言えます。そこで発揮されるのが,コネクション。このコネを使って,ほとんどの中国人は就職活動を展開するのです。

 中国の農村地帯で中学や高校を卒業し,働く年齢に達した若者たちは,いつも,どこの街に出稼ぎへ行くかという話で盛り上がります。深センだ,いや上海だ,いやいや北京だ…などと延々と続くのですが,実際には,誰もがみな,望む場所へ出稼ぎに行けるわけではありません。地方と比べて都市部の物価水準は信じられないほど高いからです。少ないお金を手に都市部へ行けば,あっという間に手持ちのお金を使い果たして,どうしようもなくなります。

 おまけに,地域や場所によって会社の募集方法は全く異なります。その街のどこへ行けば就職活動ができるのかといった情報すら簡単には得られない状況なのです。そのため,地方から出稼ぎに行こうとする人は,必ず家族や親戚などの縁故や,友人などの“つて”といったコネを頼って就職活動を展開するのです。

部外者は立ち入り禁止なのに…


 こうして地方から職を探しに都市部にやってきた人は,コネを頼った人たちの住居を拠点に生活しながら,就職活動を開始します。かつて私が勤務していた日系メーカーの中国現地工場でも,こうした人たちがたくさんいました。中国人の作業員や管理者の宿舎に寝泊まりしていたのです。
 
 もちろん,原則として外部の人間の宿舎への立ち入りは禁止していましたから,そう簡単には外部の人間を宿泊させることはできません。ただ,例外として,家族の場合に限って立ち入りを許可していたため,このシステムを利用して職を探しにやってきた人たちを宿舎に寝泊まりさせていたようです。

 私が作業員たちの宿舎に行くと,こうした人に何人も出くわしました。そのたびに私は,「会社で雇ってくれないか」と話し掛けられ,困惑したものです。

 あるとき,私はふと疑問にかられました。それは,「一体彼らはどこで寝ているのか?」ということです。当時,事業を拡大しつつあった私たちの会社は,慢性的に宿舎が足りませんでした。9棟あった作業員の宿舎は,1部屋当たり6~8人が寝泊まりし,ベッドに空きはほとんどありません。床に寝ようにも,コンクリート張りで,作業員たちは頻繁に掃除をしたり,床の上で洗濯をしたりするので,いつも湿っています。それなのに,一体どのようにして寝る場所を確保しているのだろうかと不思議に思ったのです。