「中国ブームは終わった」。たしかに高層ビルが今でもどんどん増えているし,街往く人が豊かになったのは間違いない。しかし,エレクトロニクス分野の外資系メーカーの投資は,これまでのようには続かないだろう。“世界の工場”としての地位が揺らぎ始めた。

 これまで中国に生産拠点を持っていたメーカーも,次の投資先は別の国を選んでいる。中国市場向けの低価格携帯電話機で大きくシェアを伸ばしたフィンランドNokia Corp.ですら新しい工場をインドに建設した。三洋エプソンイメージングデバイスはフィリピンに後工程の拠点を展開し(Tech-On!関連記事1),反日運動で工場が一時停止した太陽誘電は中国投資を凍結した(Tech-On!関連記事2)。その他,日本電産や日東電工など日本メーカーがベトナムへの投資を決めた。投資を継続していると言えるのは,台湾メーカーくらいだろうか。

 既に投資した中国の工場で減産したり,工場を閉鎖することはないが,今後能力を増やすのであれば,中国以外を検討するメーカーが多い。今ある中国の拠点は,これ以上拡大せず損失を出さずに運営していくことが求められているようだ。数年前までは利益の源のように言われたのがウソのようだ。

元切り上げが脱中国工場にダメ押し

 これほど外資系メーカーを慎重な姿勢にさせたのは,中国のカントリー・リスクが相次いで露見したからだ。「SARS以来,中国の一極集中を問題視していた」(日系電機メーカー)。そして,2005年7月の人民元の切り上げがその流れを確実なものにした格好だ。

 中国はカントリー・リスクが大きくなり過ぎた。SARSの問題,反日暴動の問題,政府が制度を何度も変更する,電力不足,インフラ不足。そのほかにも目に見えないコストが山積みだった。しかしそれでも人件費が安いならメーカーにとっては魅力だった。それが人民元の切り上げで,いつまでも人件費が安くはないという印象を与えてしまった。

 2005年7月の人民元の切り上げ幅そのもののインパクトはそれほど大きくない。外資系メーカーは,外貨建てでの取引にすることで対応できる。工場は中国でも,部品の購入から輸出まで可能な限り外貨で取引をする。そうすれば人民元が変動しても影響は少ない。

 最も大きな要因は,従業員に支払う賃金だ。電子機器の生産コストに占める人件費の比率は10%以下だから,人民元を2%程度切り上げても,インパクトは小さい。むしろ,毎年の昇給の方が大きいくらいだ。ただし切り上げが今後10%程度まで拡大すると,利益率の低い電子機器メーカーには大きい。「5%でも無視できない」というメーカーもある。今回の切り上げは,いずれ人件費が無視できなくなることは覚悟していたが,その時期が想像以上に早く訪れることを外資系メーカーに予感させてしまったことが問題だろう。

市場としての将来性に疑問符

 エレクトロニクス工場として中国の魅力は失われたとしても,中国という巨大な市場は無視できない——という指摘もあるだろう。ところが中国のマーケットとしての魅力に陰りが見え始めた。

 中国で今一番の問題は,貧富の差が激しい上にその差が開く一方であることだ。お金持ちばかりが裕福になる。したがって,電子機器も富裕層に行き渡ると需要が頭打ちになる。

 つまり,多くの需要をさらに増やすためには安売りするしか手がない。価格低下は電子機器メーカーの利益を圧迫し,メーカーは投資を控えて採算重視にならざるを得ない。セット・メーカーに引きずられて中国に投資してきた部品メーカーにとっても同じことだ。工場投資がなければ中国の雇用は増えず,消費も増えない。この悪循環で中国マーケットに急激な伸びを期待できなくなった。ハードウエアで期待できるのは,まだ普及率の低いカーナビやカー・オーディオくらいだろう。

 中国の消費が次の拡大時期を迎えるためには,3億人と言われる農村部の人にもお金が回るようにしなければならない。しかし,中国の農作物は合理化が進んでいないため,コスト競争力が意外に低い。人民元の切り上げがこれに追い討ちをかける。人民元の切り上げで農作物の国際競争力はさらに失われる。農村部の人が都市部の人のように電子機器を消費するにはまだ時間がかかりそうだ。