社団法人 高分子学会の「第54回高分子討論会」が,2005年9月20日から22日の3日間,山形大学 小白川キャンパスで開かれる。この討論会は,春に行われる年次大会に比べ,発表時間や討論時間も長く,学術的な内容が多いのが特徴だ。本討論会では,一般発表1,936件 (口頭984件,ポスター952件),一般テーマレビュー講演8件,特定テーマ招待講演11件,受賞講演(Wiley賞,三菱化学賞,日立化成賞)が行われる。これに先立って学会側は9月7日,一般発表の中からニュース性があるとして選んだ8件の記者発表会を開催した。これら8件の発表では,研究者本人がノートPCを使ってプレゼンテーションを行い,発表後に研究者や記者らによる活発な質疑応答が行われた。

旭化成の燃料電池向け新電解質

 最初の発表は,旭化成 新事業本部 研究開発センター&基盤技術研究所による「燃料電池に適した耐久性に優れた新タイプのフッ素系ポリマー電解質を開発」。発表者は研究開発センター チーフサイエンティストの池田 正紀氏である。本研究の対象となっているのは,電気自動車や携帯機器などに利用される固体高分子型燃料電池(PEFC:Polymer Electrolyte Fuel Cell)のポリマー電解質。

 この電解質には,高いプロトン伝導性と電解質に悪影響を与える活性酸素に対する安定性とが求められる。これに適した材料として,これまでフッ素系スルホン酸ポリマーが使われてきたが,長期の運転試験ではフッ素イオンの放出を伴う電解質の化学劣化が起こることが明らかになってきた。

 この劣化の原因となるのが,電極周辺で起こる熱分解や酸化劣化であると推定されたため,池田氏らは電解質ポリマーの熱安定性と高温下での機械強度の改善に取り組んだ。その結果,スルホン酸ポリマーの最適構造の分子設計することにより,耐熱性改善の課題(高温での熱安定性と機械特性の向上)を克服することが確認されたという。

慶応大のフォトニック結晶ファイバ

 続いて紹介された慶應義塾大学 教授の小池 康博氏らグループの研究テーマは「次世代光ファイバ『フォトニック結晶ファイバ』をプラスチックで実現」。大学院生の長澤 誠氏が発表した。通常の光ファイバーは,高屈折率のコアと低屈折率のクラッドという2種類の材料による構造からなっており,屈折率の差で光導波が行われる。これに対して,フォトニック結晶ファイバー(PCF:Photonic Cryctal Faiber)は,ファイバーの長さ方向に規則的に配列した多数の空孔を持ち,1種類の材料だけで構成される。フォトニック結晶は,光の伝播や発光を自在にコントロールできる特性を持つが,このファイバーは多数の空孔径と配列制御によって高速通信のシングルモード導波を行う。

 実験では,全フッ素化ポリマーを母材としたフォトニック結晶ファイバー(PPCF:Plastic Photonic Crystal Fiber)を作製,2mの光導波に成功したという(写真1)。このフォトニック結晶ファイバは, 曲げによる光損失も極めて小さいため,ファイバ光増幅器,高速通信など幅広い応用が期待される。

筑波大の強磁性ナノ粒子

 筑波大学 大学院 数理物質科学研究科 教授の寺西 利治氏は,「次世代超高密度ハードディスク用の大きな強磁性FePtナノ粒子合成に成功」を発表した。次世代の超高密度ハードディスクである垂直磁気記録方式では,現行ハードディスクの10~100倍の記録密度であるTbits/in2級を実現する。この材料には,高い一軸磁気結晶異方定数と高い保磁力を持ち,粒径分布が狭い強磁性ナノ粒子を合成する必要があるという。

 この材料としてFePt規則合金が適しているが,ハードディスクへの応用展開には無毒な金属錯体を用いたFePtが不可欠である。しかし,強磁性を示す粒子は4nmであることから,4nm以上のFePtナノ粒子を作製が望まれていたが,技術的に難しくなかなか作製できなかったという。

 寺西氏らは,溶媒を使わず,オレイン酸/オレイルアミン混合物の中でPt(acac)2 とFe(acac)3をポリオール(多価アルコール)で還元し,5~6nmの粒子を合成。合成直後の不規則な構造を持つFePtを600℃で加熱処理をして規則化構造を得た。これによって,熱安定性が増し,二次元格子とすることにより平面方向の融合が抑えられるため,超高密度磁気記録材料として極めて有望であるということだ。

東北大の電気化学トランジスタ

 東北大学 多元物質科学研究所 教授の宮下 徳治氏らの研究テーマは「導電性高分子ナノシートを用いた電気化学トランジスタの開発に成功」で,助手の松井 淳氏が発表した。宮下氏らのグループでは,以前からLB法を用いた高分子ナノシートの応用展開を発表してきたが,今回は電界効果トランジスタ(FET)と同じ構造を持つ電気化学トランジスタの開発に成功という報告を行った。

 実験では,分子レベルの厚さの高分子ナノシートであるアクリルアミドとポリチオフェンを混合することにより,厚さわずか20nmの導電性高分子ナノシートでトランジスタを作製。電気化学的な酸化還元によるドーピングを行い,駆動するという仕組みである。実際には,FETとまったく同じ構造のゲート,ソース,ドレインの各電極をつくり,ゲート電極に印加することでソース/ドレイン間の電流が増幅されることを確認。わずか1.2Vの電圧でon/off比が2000倍の増幅を示したという。

 今後は,駆動部分が数10nmであるため固定化してデバイス化をするだろうが,実際の応用ではフレキシブルなテレビ,電子ペーパーなど様々な基盤デバイスとしての可能性が大いに期待できる(詳細記事はこちら)。

滋賀大の金イオン捕集材料

 「水中の金イオンを選択的に捕集する環境調和型ペプチド材料を開発」は,滋賀県立大学工学部材料科学教授の山岡 仁史氏らグループと大阪大学大学院理学研究科 大学院生の矢木直人氏氏との共同研究。発表は,滋賀県立大学講師の谷本 智史氏である。

 メッキ工場や半導体工場などの廃水には,金イオンなどの貴金属をはじめ,環境規制の対象となっている六価クロムのような有害金属イオンが含まれている。これらの金属イオン類は,回収・捕捉処理しなければならないが,現在行われている凝集沈殿法やイオン交換法などでは,効率的に選択捕集することが難しかった。

 今回,開発したのは,環境負荷の少ないペプチド(L-ロイシン) とポリエチレングリコールを構成成分とするブロックコポリマーによる「ペプチドポリマーゲルメソッド」。金属イオンの入った水溶液に,このペプチドコポリマー溶液(40℃)を入れ30秒ほど攪拌し,その後,静置しておくと水の層と金属イオンを含んだ有機層に分かれる。これを,室温程度に冷却すると有機層がゲル化するので,あとは簡単に金属イオンを捕集できるという。この技術は,金属イオンだけでなく,水中の染料や環境ホルモンなど有機低分子の捕捉にも応用できるため,新しい廃水処理として注目に値するといえよう。

東亜合成のペプチド抗生物質

 「抗菌活性と毒素中和活性の2 つの機能を持つペプチド抗生物質の開発」は,東亜合成 名古屋総合研究所,名古屋大学 大学院による共同研究。発表は,東亜合成の研究員であり,名古屋大学 大学院生である山田 喜直氏が行った(写真2)。

 従来型の抗生物質は,細菌を死滅させることはできるが,細菌から放出される毒素を捕捉することができず,人体にダメージを与える。このため,細菌の増殖を抑制するとともに,放出される毒素を捕捉する新規の抗生物質か望まれていた。この要望に応えたのが,今回の新しい概念の多機能性ペプチド抗生物質である。

 新たなペプチド抗生物質は,東亜合成で発見した抗菌ペプチド,名古屋大学が開発した毒素中和ペプチドを融合したもの。このペプチドは,グラム陽性菌,グラム陰性菌などにも高い抗菌活性を発揮し,実験では病原性大腸菌O157によって生産される志賀毒素(ベロ毒素)を中和し,毒素の細胞への感染を阻害したという。また,毒素結合部位を適切に変えることにより様々なタイプの毒素と中和が可能であるため,新しい抗生物質として応用展開が望まれるところだ。

循環器病センターの人工心臓弁

 国立循環器病センターと東京医科歯科大学 生体材料工学研究所による共同研究テーマは「生体組織を用いた再生型人工心臓弁を開発」で,国立循環器病センター 研究所 先進医工学センター 再生医療部機能再生研究室長の藤里 俊哉氏が発表を行った。

 心臓大血管手術は,年間およそ5万件ほど行われているが,そのうち弁膜症は1万件以上にのぼり, その移植手術のために人工大動脈弁が輸入販売されているという。この人工弁には,パイロライトカーボンやチタンなど金属製の機械弁と,ブタの心臓弁を処理した生体弁があるが,いずれも生体に取っては異物であり細菌感染に弱い。このため,機械弁では血栓付着を起こすため血液を固まらせない薬を飲む必要があったり,生体弁ではリン脂質による石灰化による機能不全を起こすなどの問題があるという。

 藤里氏らのグループが開発したのは,ミニブタの心臓弁を使った再生型心臓弁である。ミニブタの心臓弁を,980MPaという超高静水圧を10分間印加して,生体が拒絶反応を起こす組織内の細胞をはじめ,細菌やウイルスを破壊して,マイクロ波で清浄除去。心臓弁の土台となる足場部分を移植することによって,自己組織化(再生型組織移植)して心臓弁を再生するものである。現在,石灰化の原因となるリン脂質などの細胞成分を除去した大動脈弁の移植実験を進めており,数年内の臨床応用を目指しているところだという。

桐蔭横浜大の色素太陽電池

 プレビューの最後は「世界最大サイズのフルプラスチック色素太陽電池モジュールを開発」。桐蔭横浜大学 大学院 光学研究科 教授の宮坂 力氏による発表である。今回,製作した太陽電池モジュールは,従来のシリコン系太陽電池に比べ,低い入射角の光(拡散光)を2倍以上の効率で利用できるため,光の弱い屋内環境下での発電にも適している。

 色素増感型太陽電池は,酸化チタンのナノ粒子に被覆した色素の光吸収で発電するが,従来は高温下でガラス基盤に酸化チタン層を成膜していた。しかし,今回開発した太陽電池は,初めて塗布方式によって,150℃以下の低温でプラスチック上に酸化チタン層を被覆する。さらに,集電に必要な材料や封止材料についても,スクリーン印刷方式によって被覆したという。

 この太陽電池は,10セル直列(単セルは17mm×30cm),30cm×30cm(面積900cm2) サイズで,厚さが0.5mm,重さが60g,電圧6V以上,電力0.4W。フレキシブルで光を通すシースルー性を持つフィルム状のモジュールである。この太陽電池は,テレビをはじめとする家電製品などを自給自足でまかなう低コスト太陽電池による光発電技術の開発を目指しており,またプラスチックフィルムという使い勝手のよい色素増感型の太陽電池の量産技術の確立を目指したものである。

 以上高分子学会討論会のプレビュー8 件を紹介したが,山形大学で開催される討論階では一般テーマの他に,その年ごとの特定テーマの発表も含め,興味深い研究成果の講演が数多く発表される。もちろん,討論会は研究内容の理解だけでなく,研究者同士の交流の場である。読者諸氏の積極的な参加を乞う。

【写真1】全フッ素化ポリマーを採用したフォトニック結晶ファイバー。真ん中のピンク部分がコア部
【写真1】全フッ素化ポリマーを採用したフォトニック結晶ファイバー。真ん中のピンク部分がコア部
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【写真2】新規ペプチド抗生物質の解説を行う東亜合成の山田 喜直氏
【写真2】新規ペプチド抗生物質の解説を行う東亜合成の山田 喜直氏
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