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 大容量化一本やりだったハード・ディスク装置(HDD)。しかし小型化に付加価値を見出し,携帯型音楽プレーヤという新しい市場を開拓した(前回の記事)。

 こうして携帯機器市場への食い込みに成功した小型HDDだが,すぐ後ろにはフラッシュ・メモリの足音が聞こえ始めている。HDD編の最終回となる本稿では,小型HDDとフラッシュ・メモリのせめぎ合いと,その後に起こることについて考察してみたい。 

2010年,HDDとフラッシュが並ぶ

 30年前に生まれた垂直磁気記録方式が実用化に至ったことで,今後しばらくHDDの面記録密度は年率30%前後の伸びを維持できるとみられている。2010年には500Gビット/(インチ)2に達する見込みである。この面記録密度だと,ディスク1枚の記録容量は3.5インチ型で750Gバイト,1インチ型で60Gバイトになる計算だ。ビジネス用途のパソコンのように 数十Gバイトの記録容量で事足りるアプリケーションであれば1インチ型~1.8インチ型HDDで間に合うようになる。

 ただし2010年になっても,現在と同じようにHDDがパソコンの主力記録媒体として組み込まれているかどうかは分からない。フラッシュ・メモリが急速に大容量化,低コスト化しつつあるからだ。2010年には1チップで64Gビット(8Gバイト)の容量に達していると予測されている。チップを8枚積層すれば64Gバイトとなり,その時点での1インチ型HDDと同程度の容量を実現できるとみられる。

 容量で追い付くだけではない。フラッシュ・メモリは小型である。例えば,韓国Samsung Electronics Co.,Ltd.が開発した8チップを1パッケージに収めるMCP(multi-chip package)技術を使えば,パッケージの高さは1.4mmに抑えられる。2010年に1インチ型HDDの厚みは3mm程度になっているとされるが,フラッシュ・メモリならそのさらに半分で済む。

 しかもフラッシュ・メモリの1Mバイト当たりの単価は,このところ1年間で1/3に下がっている。2005年末には1Mバイト当たりの価格が約4.5円になりそうだ。このトレンドを外挿して計算してみると,2010年には1Gバイト当たりで約30円,つまり60Gバイト品が約1800円で手に入るという結果になる。

小型化に付加価値を求めてみたが…

 携帯型音楽プレーヤをきっかけに小型化へと方針転換を図ったHDD。ここ数年の間に,1.8インチ型から1インチ型,0.85インチ型と,どんどん小さなものが話題を集め始めている。HDDメーカーは小型化こそが付加価値につながると取り組んできたが,その先には皮肉な結果がみえつつある。HDDの小型化をしゃにむに進めたことで,ふと見渡すとフラッシュ・メモリと記録容量で競合する領域に足を踏み込みつつあるのである(図1)。ディスクの直径を小さくすると,多少面記録密度を高めたとしてもHDDの容量はガクンと減ってしまう。

 同容量の小型HDDとフラッシュ・メモリを比較した場合,外形寸法の小ささや消費電力の低さ,耐衝撃性,動作温度範囲といった主要な仕様のほとんどでフラッシュ・メモリの方が優れている。小型HDDが優れているのはビット単価とデータ転送速度などである。しかしビット単価は前述したようにフラッシュ・メモリに並ばれるのは時間の問題。データ転送速度についても,既に1.8インチ型とフラッシュ・メモリはほぼ同程度の水準になっている。こうした状況から考えると,将来的には小型HDDがフラッシュ・メモリに押されていくのは間違いないだろう。

2005年末,フラッシュ搭載iPod mini登場か

 実際,小型HDDの開発を手掛けるHDDメーカーも焦りを隠さない。ビット単価で並ばれるまでの,ここ数年が勝負と見ている。早ければ,その前哨戦が2005年のクリスマス商戦で始まる。

 例えば昭和電工は,最近になって0.85インチ型向けディスクの量産出荷を開始している。つまり現在,HDDメーカーが量産体制に入っていることになる。今年のクリスマス商戦で0.85インチ型を搭載した機器が登場するというのが大方の見方である。

 一方のフラッシュ・メモリも前哨戦に向けて一歩も引く様子はない。一部報道機関によると,年末にはApple Computer社がフラッシュ・メモリを使った「iPod mini」を発売するという。同社は既にフラッシュ・メモリを使った音楽プレーヤとして「iPod Shuffle」を発売している。iPod Shuffleではなく,iPod miniとして売り出す以上,記録容量を一気に大容量化するものと見られる。小型HDDを使ったiPod miniの初号機のデータ容量が4Gバイト。恐らく,これと同程度のデータ容量をフラッシュ・メモリで実現するのだろう。音楽プレーヤ市場をめぐって小型HDDがフラッシュ・メモリに食われ始めるのだ。

 前哨戦が始まったという声は,ほかの方面からも聞こえ始めている。フラッシュ・メモリが小型HDDの市場に食い込み始めたという部品メーカーの声である。2005年8月26日付の日経産業新聞の報道によると,HDD向けスピンドル・モータを開発する日本電産の2005年度第1四半期決算(2005年4月~6月)において,1.8インチ型以下のスピンドル・モータの出荷量が予想を下回った。その要因の1つとして日本電産は「フラッシュ・メモリとの競合」を挙げているという。

HDDは原点回帰へ

 小型HDDがフラッシュ・メモリに取って代わられるのは時間の問題であることが鮮明になってきた。大容量化の次の付加価値として小型に活路を見出したはずのHDDが再び,むずかしい岐路に立つことになる。今度は,どのような方向へ進むことになるのだろうか。

 筆者は大容量化に価値を見出していたころに原点回帰するしかないのではないかと考える。つまり3.5インチ型や2.5インチ型といった口径のHDDに,再び注目が集まると予測する。

 今やネットワークのコストは安くなり,あらゆるものがネットワークにつながり始めている。テキスト・データだけでなく音声や映像など,あらゆるデータがネットワークを介して増殖するようになる。こうした流れはとどまることはない。むしろ,加速していくはずだ。個人が,企業が生み出す大量のデータをためておける記録媒体としてHDDは活躍を続ける。

これからが面白いHDD

 さて,ここまで全4回にわたってHDDの技術の変遷について解説してきた。本連載では主に面記録密度の伸びを大きな軸として執筆してきた。実際には消費電力やデータ転送速度,書き込み速度,ディスクの回転速度など他のパラメータも多くある。HDDのアプリケーションが広がり始めた今だからこそ,今後他のパラメータに注目が集まる可能性もある。
 
 最後にこれまでTech-On!および日経エレクトロニクスが報道してきた主なHDD関連記事を掲載する。その時代にどのように報道されてきたのか知って頂き,今後ニュースに触れる際の参考にしてもらえれば幸いである。